磯部さんは磯部さんの意思で彼に気持ちを伝えていない。上杉さんは私を選んでくれた。
だったら私はなにも気にすることなく、上杉さんとのことだけを考えていればいいよね。

そう自分に言い聞かせても、なかなか胸の中のモヤモヤが晴れない。それは午後の勤務中、ずっとだった。

いつも通り定時でオフィスを後にし、廊下に出るとスマホが鳴った。

「誰だろう」

廊下の端に寄り相手を確認すると、上杉さんからだった。

え、どうしたんだろう。なにかあったのかな?

不安を抱きながら電話に出る。するとすぐに電話越しからは、上杉さんの焦った声が聞こえてきた。

『悪い麻衣子、まだ会社か?』

「はい、そうですけど……」

『実は会社に書類を忘れちゃって。明日、帰ってきたら使いたいんだ。悪いんだけど、家に持って帰ってくれるか』

「わかりました」

それくらいお安い御用だ。

電話をしたまま部長室へと向かう。

『ありがとう、助かるよ。磯部に麻衣子が持って帰ってくれることを伝えたから、彼女から受け取ってくれ』

「――え」