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会社のエレベーターの最上階のボタン。入社して始めて押した。いずれは押す事になるだろうけど、まさかこんなタイミングで押す事になるなんて思わなかった。
『今日、仕事が終わったら専務室に来て』
そう私の所にメールが入って来たのは昼。社内用メールではなく、私の携帯に個人で来たが、私はもう驚かなかった。
ポーン
最上階に着き、ドアが開くと、エレベーターホールの端に知らないスーツの男性が立っていた。簡単に会釈して通り過ぎようとすると
「桜田様ですか?」
と声をかけられた。はい、と振り返ると、そこには八重津専務と並ぶか、もしくはそれ以上の端正な顔の持ち主が居た。
真っ黒な髪に、縁なしのメガネ。切れ長の目に透き通る様な白い肌は女性が羨む程だ。
しかしその端正な顔に表情は全くといっていいほどない。
「八重津の秘書の和久井と申します。桜田様を専務室まで案内する様にと。」
スッと一礼するする姿は見惚れるほど美しい。
八重津専務の秘書....。八重津専務とこの秘書が並ぶと恐れ多くて近づけないわ。
あまりのオーラに少し距離を置いてついて行く事にした。
「こちらです。」
「あ、ありがとうございます。」
歩いて数秒。角を曲がった先に専務室と書かれる室はあった。
和久井さんがドアを開けるとそこは厳重にも二重ドア。奥のドアをノックすると、どうぞと中から声が聞こえた。
「し、失礼します」
緊張で噛んでしまった私の声を聞いてふっと笑ったのが分かった。
八重津専務はソファに座ってコーヒーを淹れていた。
「どうぞ、座って」
専務の前のソファを指され、一礼して座る。心のどこかで信じきれてなかった部分が、このだだっ広い部屋を見て信じざる得なくなってしまった。
動揺してる私を専務はニヤニヤと見つめる。


