マスクや点滴を外さないことを優しく、充分に説明すると、神山先生は部屋を後にした。






握られた手があったかい。






ダメダメ!私には梶田先生がいるんだもんっ。
って、ただの片想い……。患者である私を、病気だらけの私を、高校生の私を……誰が相手してくれるんだろう。
たぶん医者じゃなくても相手になんてしてもらえない。






はぁ……。






梶田先生と神山先生の顔が重なって、目の前でぼんやりした輪郭が見えた。






『起きてる?』






はっ!?






しっかりと前を見ると、そこには梶田先生でも神山先生でもなく、田中先生。






『気分はどう?寒気はない?』






そう言いながら、仰向けで手も足も出ない私の脇に体温計を刷り込ませる田中先生。






『は……はい。』






マスク越しで、くぐもった声で返事をする。





『明日までここで様子を見るから。
お父さんからの伝言で、今は九州にいてすぐには戻れないから、帰れる時になったら連絡するって。』







そう言いながら、すぐに鳴った体温計を抜き取り、確認すると、すぐにケースへしまった。






ん?で、何度なんだ?






『目を覚ましたらまた連絡すると言ってあるから、ここ出たらすぐに連絡してくるよ。』







「はい……、ありがとう……ございます。」




だけど、もう全てがバレてしまう。
私のやらかしたことが……。





『なんで、うちにいたんだ?』






私が頭に浮かぶ色々な心配を田中先生は掻き消していく。





『うちなんかに行ったらすぐに病院に戻されることは分かってるんだろ?




ましてやうちのカミさんは、看護師として働いてたんだから。それに、心配性のありさなんか、すぐに私に連絡することくらいわかるのに。』




少し考えてから、




「……わかりません……。」






自分でもよく分からない。ただ、誰もいない家には帰れないし、行く先はほかになかった……。





『早く見つかって良かったよ。』






よっぽど心配してたのか、胸をなでおろした様子の田中先生は、医師というよりも父親のような顔をして私を見た。






「ごめんなさい……。」






本当は、今でも逃げ出したいけど、ありさの家まで巻き込んで、また病院に救急車で運ばれたことは、やり過ぎたと思っている。
心配だけでなく迷惑をたくさん掛けてしまった。






『あれ?素直だね……。』





自分一人で帰宅することも、生活することもできない。病院から抜け出すことも自分の意思でできなければ、この身体でもできない。
そんな自分が哀れだし、悔しい……。






気づくと涙が頬を伝っている。






『大丈夫だからね、美咲ちゃん。
君が無事であって何よりなんだから……。もう逃げ出さないように、それから。






ちゃんと食事も決められた物を食べること。』






私の額に手をやりやがら田中先生が話す。





悔しい……、この気持ちすら打ち明けられないことが、悔しい。





『今の状態では、君が普通食を食べることはまだ難しいんだ。






今は胃腸に負担にならないものを摂りながら治療をしていって、治癒していくようなら、少しずつ、普通の食事に慣れさせることだよ。』





はぁ、気の遠くなることだな……。





『そうだそうだ、主治医の藤堂先生だけど、さっきオペ終わったみたいだから……






もうすぐここに来ると思うよ。』







「えっ!?」






藤堂先生のこと、忘れてた……。
すっかり主治医の存在を忘れてた……。
田中先生は今の主治医ではないけど、昔から私を知っていて、かつて私の主治医にもなったことがあった。
だからか、藤堂先生よりも長い付き合いな気がしていたけど、私の今を知っているのは藤堂先生だった……。







あぁ、まだ怒られないといけないなんて……。





なんてことを考えてたら、すっかり涙も出なくなった。