その頃田中は、病室を訪れていた。






『エリカちゃん、入るよ。』





『は、はい。』





閉まっているカーテンの向こうから、エリカの返事が聞こえ、カーテンを開ける。





『おはよう、調子はどう?』





エリカの担当医は田中ではないが、回診や当直で対応したことがあるので、エリカとは初めてではない。





『ぇっと……。』





エリカは何かを感じとったのか、普段のように医者や看護師の前で出す怯えた態度で応える。





『今日はね、少し聞きたいことがあって来たんだ。』





ベッド横の椅子に座ってエリカの目をじっと見つめる田中。
その目は小刻みに震えながら、田中の目からそらす。





『あまり回りくどい言い方はしたくないんだ。





昨日、君と同じこの部屋の美咲ちゃんがね、いなくなったんだ。






彼女の希望で外泊許可が出ていたのに、突然断ってきた。
それからこの部屋に戻って来たくないと、姿を消したんだが。』





エリカは次第に顔色が変わり始め、田中が何か知っていると感じた。




エリカの手は、布団を強く握っていた。






『私が思うに、誰かに何かを言われたのではないかと思ってね。』






エリカの顔がみるみる赤くなる。






『君が何か言ったのではないかな?』





そこまで言われると、エリカは涙を流し始めた。






『私は君を怒りに来たわけではない。
何があったのか教えて欲しいし、君自身が何か思い悩んでいることがあるなら、教えて欲しいと思って来たんだ。』











しばらく泣いていた彼女は、ようやく口を開いた。







『…………あた……まに、来たんです。』






『何に?』






『あの子に……。』






少しずつ泣き止み、答え始める。






『どうして?』







『先生と……楽しくしてたり、自分の嫌なことは、わがまま言ったり。




それに……。』







『それに?』






『お父さんがちゃんと来てくれて……。』





そこでエリカは口を閉ざした。





エリカは美咲ほどの重症患者ではないが、慢性的な病気を持っていて、三年前から、年に2回程、入退院を繰り返している。





しかし、両親は共働きだから、見舞いにくることはほとんどなく、入院の最初と途中に数回着替えを持ってきて、後は退院時くらいしか顔を出さない。





美咲の父も忙しくて顔を出すことは少ないが、それでもエリカよりは多い。




そして美咲の声を父以外にも、担当医や田中が親身になって聞いていたことに腹を立てていたようだ。






『そっか。エリカちゃんも辛かったね。気づいてあげられなくてごめんね。』





田中がエリカの背中を撫でると、嗚咽を漏らして泣いた。






『美咲ちゃんには、何て言ったのかな?』





『それは……。





一時帰宅できるのに、何わがまま言ってるのって。
退院できると思っていたのか、納得いかないようなことを言ってて。




忙しいお父さんだって、あなたのことを本当は迷惑だし、お荷物だって思ってるよって。それなのに退院なんて、図々しいって。





先生たちだって、絶対迷惑してるから、一時帰宅の許可を出したんだって。





すごくひどいことを言いました……。





ごめんなさい……。』






『……そういうことね。』






田中はエリカの本当の姿をみても、驚かなかったが、美咲に言った言葉には、ひどく驚いていた。





『そのごめんなさいは、私にじゃないよね?』





コクリと頷くエリカ。





さぁ、これからどうやって美咲と和解させるか…、田中はそのことで頭がいっぱいになった。