沙奈は何に怯えているのだろう。


ベッドの縁に座り、愛おしい彼女の髪を撫でる。


詰まることのない指通りに目眩がして、ともすればその艶やかな髪の房を口に含みたい衝動に駆られそうだった。


「……だれ?」


沙奈が、僕に問う。


今にも消え入りそうな彼女の声は、朝に聞いたときのあの明るさの影は微塵も感じられなかった。


「……僕は、君のことが好きなんだ。愛してる」


「ストーカー……?」


——誰がストーカーだよ。


僕は平手で、思い切り彼女の左頬を打った。


部屋に小気味いいほどの音が響くとともに、僕の右手に快感がほとばしった。


「っ……!」


「僕はストーカーなんかじゃない。僕はただ純粋に、沙奈のことが好きなんだ」


「……っ、う……おか……さん……」


彼女が声を潜めて泣き出すのを、僕はやや冷めた気持ちで眺めていた。


……ストーカーなんていう、汚らしい生半可な愛で君に接するつもりはないのに。


もっと純粋で、もっと温かで、もっと美しい愛。


……僕はストーカーなんかじゃない。僕はストーカーなんかじゃない。僕はストーカーなんかじゃない。僕はストーカーなんかじゃない。


何度も頭の中で沙奈の言葉を否定し、昂ぶった気分を抑えるために部屋に広がる沙奈の香りで肺を満たす。


「君は、僕の花嫁なんだよ。……一生離さない」


嗚咽を漏らす沙奈を抱きしめると、より一層、彼女は身体を揺らした。


僕に抱きしめられるのが嬉しいのだろうか。


花の香りがする黒髪に顔を埋めると、彼女は僕の耳元で小さく悲鳴を上げる。