『あんたなんて、大嫌い』






「……っ、チアキ!」


はっと顔を上げると、そこには見慣れたいつもの風景があった。


講義の復習に使うための机も椅子も眠る前のままで、壁にかけられた白いアナログ時計は穏やかに時を刻んでいく。


十一時三十分。


今、チアキの声がしたような。


……夢、だったのか。


立ち上がり、寝起きの悪い夢を振り払うために大きく伸びをする。


もう思い出す必要のない夢だ。


……チアキのことは、忘れなければならない。


沙奈はもう起きているだろうか。


足音を忍ばせて扉の前に立つと、今更ながらに緊張と楽しみで鼓動が速くなる。


静かに扉をあけて中を覗き見る。


……部屋の片隅、ベッドの上。


紺色のスカートから伸びる、白い脚。


彼女は――ベッドの上で、震えていた。


微かに漏らす声はハンカチによって吸い取られ、手錠で拘束した両手は腹の内で握り締められている。


……気持ちを落ち着かせるために息を吸い、沙奈を驚かせないように扉を叩いた。


「起きたんだね、沙奈」


ノック音に一瞬沙奈は身体をこわばらせ、動きを止めた。


赤い目隠しとロープで表情はうかがえないけれど、やはり慣れない環境だからだろうか、少し疲れがたまっていそうな様子だ。


「気分はどう?君が叫ばないなら、その口の布は外してあげられるけれど」


問いかけると、沙奈は数秒固まったあと緩慢な動作で何度も頷いた。


素直な沙奈に嬉しくなって、思わず口元が緩む。


「危ないから動かないでね」


ベッドに歩み寄り、ナイフで沙奈の声を封じているロープを断ち切り、唾液の染み込んだハンカチを取り出して洗面台へと運んだ。


部屋に戻ると、沙奈は口元を引き結び、声を押し殺しているようだった。