彼女の名前は葉月 沙奈。

これから僕は、彼女のことをその名前の通りに"沙奈"と呼ぼう。


……沙奈。


……さな。


僕の沙奈。


僕だけのものになった、沙奈。


今はただ眠ればいい。


ここには誰もこないし、僕から沙奈を取り上げようとする奴がいるなら共に死のう。


目が覚めたとき、そこにあるのは僕と沙奈だけの楽園なのだから。


ぼんやりと虚空を見つめていると、卓上にナイフと並べて置いたスマートフォンが震えた。


画面を確認すると友人からのメッセージが届いていて、ふと川に捨てた沙奈の端末のことを思い出す。


スマートフォンは捨てたし、目撃者もいないようだからこの場所が見つかることはないはずだ。


——何か、予想外の出来事が起きない限りは。


もう起動することはないだろう、スマートフォンの電源を落とす。


沙奈さえいれば、僕は何もいらない。


……苦く身体に染みるコーヒーを飲み干すと、朝から慣れないことをしたせいか、ひどい眠気が僕を襲った。


少しくらいなら眠っても大丈夫かな。


ナイフは手の届く場所に常備しているし、沙奈の部屋には外側から鍵をかけたから。


内側からは開けることのできない部屋。


窓は木で塞ぎ、壁には防音板、扉は蝶番を頑丈に付け替えてある。


ソファに横になり、目をつぶった。


そんなに強い睡眠薬ではないから、僕が起きる頃には沙奈も恐らく意識を取り戻しているはずだ。


覚めたときの喜びを想像しながら、僕はゆるく瞼を下ろした。