「そうなんですね。確かにこの辺り、ちょっと複雑ですもんね。坂道も多いし」


思った通り、初めは警戒心していた彼女もあの純真な微笑を僕に向けてそう言った。


「私、よく図書館に行くんですよ。図書館はこの道をまっすぐ行って——」


無防備に背中を向け、彼女は反対側を指差して。


……今しかない、もう戻れない。


頭に響いた声は次第に周囲の音をかき消した。


今しかない、今日を逃せば、彼女は、二度と。


「そうしたら信号が……え?」


ダウンに隠したナイフを白い喉元にあてがい、


「あ……いや……!」


「静かにして。……騒いだら殺すよ」


彼女の耳に囁きかけた。


小さな身体を震わせ、力が抜けたらしい彼女は赤い傘と通学鞄を水たまりに落として口をきつくつぐむ。


そう、それでいい。


……大人しくしてくれれば、何もしないから。


「……静かに」


辺りに人がいないことを素早く確認し、僕はナイフを首筋に突きつけたまま後部座席の扉を開け、中に彼女を押し込んだ。


「や、嫌だ、やめて……!」


「声を出すなよ。……ほら、これを飲んで」


睡眠薬入りのペットボトルを差し出すと、彼女は大粒の涙をこぼしながら僕の左手とリンゴジュースのラベルを見比べる。


早く、と急かすと彼女は震える手で蓋を開け、半ば流し込むようにリンゴジュースを飲んだ。


飲み下す音が聞こえるたび、白い喉が艶めかしく動く。


車内に用意していたハンカチを彼女の口に咥えさせ、その上からガムテープを貼り声を封じる。


そうして腕と脚を同じようにガムテープで縛り、大粒の涙をこぼす目元には黒いタオルを巻きつけた。


……悲しい顔をしないでほしい。


僕は彼女に、こんな顔をさせたいわけではないから。


外に出て通学鞄と傘を回収し、運転席に乗ってアクセルを踏む。


後部座席から聞こえる啜り泣きの声。嗚咽。




……ごめんね。




呟いた声は、聞こえてはいないだろう。


あぁ、愛しい。


彼女が、愛おしい。


冷たい雨だけが、僕らの門出を知っている。


願わくば、どうか、
"君こそは"……僕の愛を、受け取って。




もう二度と、離さないから。
もう二度と、君を逃しはしないから。