「そろそろ眠ろうか。おやすみ、沙奈」


「……おやすみ」


僕は立ち上がり、沙奈の赤い唇に口をつける。


軽いリップ音が耳に届いて、僕は扉へと歩を進めた。


扉の前に立つと、ふと振り返って沙奈の方を見る。


沙奈はベッドの上、身動きもせず、口を硬く閉ざしている。


……沙奈。


さな。


僕の、沙奈。


君が僕を愛してくれるのなら、僕はいつだって君を縛る手錠を外してあげるよ。


君の心も身体も全て、
僕の色に染まればいい。


自室に帰り、ソファに倒れこんだ僕は深呼吸をする。


沙奈は、僕だけのものだから。


優しい眠気に従って目を閉じると、ときおり側の車道を通る車たちの無機質なエンジン音が室内に響いた。


雨が降ってきたらしく、窓に当たる雨粒が心地よいリズムを奏で始める。


……雨の音。


つと頭にこだまする、忌々しい声が押し込めた記憶を浮かび上がらせた。




『……あたし、嫌いなんだよね。あんたみたいな男。勝手に好きになったのに、相手に同じ量を求めんなよ』




……愛することは、自分勝手なことなのか。


愛している人からの愛を求めるのは、おかしなことでもなんでもないはずなのに。


……それなのに、どうして君は。


「……おやすみ、沙奈」


僕の愛しい人。


足元に固まっていた毛布を手繰り寄せ、僕はゆるりと意識を手放した。