「愛してる」


沙奈の唇から顔を離し、僕は、彼女の耳元で囁いた。


僕の身体全体に、沙奈の鼓動を感じる。


速く、速く、はやい、命を繋ぐ彼女の鼓動を。


「……愛してる」


沙奈は唇を強く噛み、顔を真っ赤にさせていた。


……好きだ、沙奈。


僕は沙奈から離れ、ベッドの側面に背を預けて冷たい床に座り込んだ。


「……さっきの会話、聞こえてた?」


「……知らない。なんのこと?」


「聞こえてないなら良いんだ。……よかった」


まぶたの裏にちらつく、最後に扉の隙間から見えた友人の顔を振り払い、明るい声を振り絞った。


「今日は何を見る?」


「……あなたが選んで。何だっていいから」


「そう。じゃあ、これにしようか」


数枚の中から適当に選んだ一枚をプレーヤーにセットし、テレビを起動させる。


そうしておどろおどろしいような不思議な音楽に包まれながら、そのミステリーは幕を開けた。


映画が始まっても僕の思考は画面に集中することはなく、上下に規則正しく動く沙奈の腹を理由もなくぼんやりと眺めた。


「……僕は沙奈が羨ましいんだ」


ひとりごちるつもりで言葉を紡ぎ、何もない真っ白な天井を仰ぐ。


「君のお父さんはS会社の部長さんで、お母さんは……保育士、だったよね。二人とも優しくて、沙奈を愛してくれてて。僕の父親は不倫ばっかりで、いつも母さんを泣かしていたから」


「……そんなことまで、知って……」


「僕は沙奈の全てを知ってる。住所とか、生年月日とか……昔付き合ってた彼氏とか、ね」


沙奈が息を呑む声が、耳に入った。


聞こえないふりをして、映画のポップなBGMを背景に僕は淡々と言葉を紡ぐ。