「美味しいりんごだよ。変なものじゃない」


「……」


それでも沙奈は沈黙を続け、けして口を開けようとはしない。


目隠しをしていてわからないけど、赤いサテンの下から、今にも僕を睨み殺そうなくらいに鋭い目が覗いたような気がした。


……どうして?


「ほら、食べなよ。……りんご、好きなんだろ」


だんだん苛立ちが湧いてきて、僕は沙奈の口にりんごのかけらを押し付けた。


「君のために買ってきたし、君のために剥いたんだ。甘いんだよ。……ねえ」


……けれど、沙奈は。


ほんの一欠片ですら、決して僕のりんごを、食べようとはしない。


「……なぁ、食べろよ」


つい口調が荒くなって、僕は沙奈の口をこじ開けた。


「……ん、ぐ……!」


「ほら、美味しいだろう?」


りんごを口に押し込むと、果汁と唾液のついた右手で口と鼻を塞ぐ。


「〜〜!」


沙奈は苦しそうに悶えたが、やがて、りんごを飲み込む音が聞こえた。


手を離すと沙奈は何度も咳き込み、荒い息を繰り返す。


……僕を受け入れてくれたら、苦しい思いはしなくて済むのに。


君が僕を、拒むから。


「……ほら、まだあるから」


りんごの端くれをつまみ沙奈の口に持っていくと、彼女は今度は素直に咀嚼した。


僕の指ごと口の中に入れて、りんご片を噛み砕く沙奈。


生温かく滑らかな感触が、指先を包む。


——不意に、沙奈の白い歯が僕の指を挟んだ。


「……いたっ!」


唐突な痛みに顔をしかめ、反射的に僕は沙奈の頬を平手で殴打する。


「ゔっ!」


「……何するんだよ」


人差し指を見ると、沙奈の歯型が浅くつき、少し血が滲んで淡く赤く染まっていた。