……沙奈は、どうして僕を怖がるのだろう。


「……好きだよ。愛してる……誰よりも」


少し腫れてしまった左頬を撫でると、びくりと身体をわななかせて沙奈は強く唇を噛み締めた。


そんなことをしたら、沙奈の美しい桜色の唇が荒れてしまうかもしれないのに。


きめ細やかな肌を右手に感じながら、僕は沙奈に笑いかける。


「今日から一緒に暮らすんだから、何て呼んでくれてもいいよ。君が僕に名前をつけてよ」


「……ストーカー、やろう」


「……なんだって?」


訊き返すと、沙奈は口を噤んで黙りこむ。


それで良いんだ。


沙奈の口から、僕を罵る言葉なんて聞きたくない。


もう二度と……あんな思いはしたくない。


「心配しないで。食事は持ってくるし、シャワーだってさせてあげるよ。大人しくしててくれたら、絶対に何もしない。僕の沙奈のためなんだから」


……本当は、今にでも沙奈に覆いかぶさり、彼女が淫らに揺れる瞬間を、しっかりとこの目に焼き付けていたいとも思う。


けれど僕は、誰よりも大切な人……沙奈に、そんなことはしない。


だって、愛しているから。


「わかった?」


訊くと、沙奈は諦めたように強張っていた身体から力を抜き、一度、深く頷いた。


理解してくれてよかった。


今日は慣れないことばかりで疲れただろうから、休ませてあげようか。


手錠だっていつまでも沙奈に着けさせるわけにはいかない。


目隠しは……沙奈が僕を、受け入れてくれるようになったら、外してあげよう。


沙奈をゆっくりとベッドに寝かせ、立ち上がった。


「……また後でくるよ」


唇を震わせる沙奈から離れ、扉に向かう。


部屋の外に出る刹那、ふと沙奈の口元を盗み見ると、彼女の唇は声を出さず『大嫌い』という言葉を形作っていた。