その頃の私は
どこか深い、暗い海の底にいた。
友達も、家族さえもいない、ホントに誰もいない闇の中で、ただただ誰かが助けに来るのを待っていた。
まさに、生きる屍だ。
「平谷さん!こっちお願いね。」
「平谷さん、佐々木さんの食事の資料はどうしたの⁈」
「平谷さん」「平谷さん」「平谷さん」
目を釣り上げた先輩達に名前を呼ばれるたびに、間の抜けた馬鹿みたいな返事を一つして私はどこにでも飛んでいく。
ナースといえば、カッコ良くも聞こえるものだが、まぁ上手くいえば、
病院の奴隷だ。
「平谷さん!早く来てって言ったよね?」

どうして私ばかりにさせるんですか。美香ちゃんなんて、毎日たっぷりお昼時間取れるくらいのんびりしてるのに。

その言葉を、喉の直前で飲み込んだ。
先輩の命令は絶対だ。逆らえば、立場が危うくなる。実際悪質な嫌がらせで辞めていった友達が何人もいるのだ。
ある日の休憩中、そのうちの一人の、由真がぼそぼそと呟くように言っていた。

子供の頃から看護師になりたかったんだ。だけど、私のは、もっとキラキラしたものだった。

その頃はもうお互い目が死んでたっけ。

でもまあ仕方がない。
どれほどあがいたところで、私にはこれしかないのだ。ここをやめれば、全ての努力が水の泡になるんだろう。それって多分、死ぬより辛い。