早くこの部屋から出なければ、もう涙が出てしまいそうだった。
 我慢しなきゃ……まだ、泣いちゃいけない。
 夢は、掌に大きなガーゼが当てられている右手でドアを開けようと手をかけた。


 ドンッッ!!


 けれども、その大きな音と共に、ドアは開かずに閉まってしまう。
 ドアを開けるのを止めたのは、律紀だった。右手で勢いよくドアを叩くようにして、手を伸ばし、夢を後ろから拘束していた。


 「………壁ドンって、こういう時に使うんですよね?僕、勉強したんですよ。」
 「………手をどけてください……。」
 

 夢は、彼の顔を見ることが出来ずに、俯いたまま消えてしまいそうな声でそう言った。
 
 夢は律紀の側いると、自分が虚しくなるだけだった。
 彼が好きでも叶わない恋。
 それに、夢は耐えられなかった。


 「夢さん、僕は……。」
 「もう、止めて!」
 「………。」


 夢は、彼の方を振り向いて、我慢できなかった涙を流しながら、律紀の顔を見つめた。
 きっと、これが最後になる。
 わかっているのに、気持ちが抑えられなかった。


 「もう、恋愛の実験体にするのはやめて……。」

 
 夢はボロボロの顔と声で、それだけを伝えると、彼の腕の力が弱まった隙にドアを開けて、研究室から飛び出した。


 この間と同じ夜の道を、夢はまた同じようにひとりで走る。
 

 その後を誰も追いかける人はいなかった。