そう思った瞬間、自分のしてきた事を恥じ、そして少しでも律紀が自分を想ってくれているのではないかと感じ始めていたことが、全て崩れ去った。

 律紀にとって、夢は契約だけで繋がった存在。
 本当に偽りの恋人だったのだ。


 「あ、その顔は知りませんでしたか?すみません。」
 「…………失礼します。」


 夢は小さな声でそう言うと、その場所から、望月や律紀から逃げるように研究室を飛び出した。




 夢は心の中で「嘘だ……。嘘に決まってる!!」、そう叫んでいた。
 気づくと電車にも乗らずに、夜道をただひたずら歩いていた。




 律紀が夢の冗談を受けて、契約彼女になったのは何故だろう。
 こんな状態になってから考えてみる。
 

 単純に夢の右手にある鉱石を調べたかったからだと思っていた。
 けれど、彼は契約恋人でもっと恋人らしくしたいという夢の願いを積極的に叶えてくれた。
 それは夢のワガママだ。鉱石を調べるだけならば、しなくてもいいことだったかもしれない。

 それに、律紀は「恋愛経験がないので、教えてもらいたい。」そんな風に言っていた。
 何故、律紀は恋人らしい事とは何かを知りたかったのか?

 そこまで考えると、望月の言った律紀が「ずっと思っている人」のためではないか。
 

 そう考えてしまうのだ。
 そう考えてしまうのが自然なのだ。



 「律紀くんは、私の事何とも思ってなかったんだろうな。」


 家の近くの道路は、夜は人がいなくて寂しい所だ。そんな道で、夢はひとり呟く。
 言葉にしてしまうと、それが本当の事のようで夢は、一気に悲しさと切なさが膨らんだ。
 すると、目からは溢れるばかりの涙が流れ落ちてくる。誰が見ているかわからない場所。
 夢は必死に涙を止めようと我慢するけれど、止まることはなかった。



 早足で自分の部屋まで到着した時、調度夢の鞄からスマホが震えた。
 夢は、自分の手で乱暴に涙を拭うと、メッセージを開いた。

 すると、送ってきたのは律紀だった。

 夢ははっとして、メッセージを開いた。
 そこには「帰りに送れなくてすみません。次、会うときに詳しくお話しさせてください。」と書いてあった。


 いつもよりよそよそしい敬語。これは契約の恋人が終わったという事だと夢は思った。
 詳しいお話というのも、実験のおしまいだろう。

 夢は、もう用なしになったのだ。


 
 律紀のメッセージに返信もせず、夢はスマホを握りしめた。


 そして、ずるずると玄関に座り込み、声を殺して泣き続けた。


 夢の右手の鉱石は淡くオレンジ色に光っていたが、夢にはもうどうでもよかった。