「バンドの調子はどうなんだ?明日が本番だろ?」


座席にもたれかかっていつもと変わらない外の景色を眺めていると、運転席のお父さんがミラー越しに私の方を見て話しかけてきた。


「…どうだろう」


正直に答えるのも、取り繕うのも違う気がして、小さな声でポツリと呟くと、お父さんは一気に心配そうな顔をした。


「どうしたんだ?上手く行かないのか?あんなに家でも練習してるのに」


「違うよ。私じゃない。メンバーで色々あったの」


否定すると、お父さんは安心したように深いため息をついて、窓枠に肘を乗せた。


「喧嘩か?青春じゃないか」


昔に思いを馳せるように軽々しくそう口にしたお父さんに少しイラッとする。
そんな簡単な話じゃないのに。


「レオがアイに酷いこと言ったの。それで、アイが私のメールにも昨日から返事してくれないの」


「アイちゃんっていうと、ボーカルの子か。レオくんがそんな酷いことを言うなんて珍しいな」


「アイの調子も確かにずっと悪かったけど、本当に、許せないことを言ったから。タカちゃんもすっごく怒ってたんだよ。それで、レオも落ち込んでさ、ソウジは1人でイライラしてるしもう雰囲気最悪だよ」


言い出すと止まらなくなるもので、昨日の嫌な思い出が蘇ってきてため息をつく。


「レオくんはアイちゃんに謝ったのか?」


「昨日は顔を合わせる資格がないって手紙とメールで謝って、今日改めてしっかり謝るって言ってたけど…」


「それならアイちゃんも許してくれるんじゃないか?レオくんだって悪意があったわけじゃないんだろ」


「でも、メール返してくれないからまだアイ怒ってるのかも…」


「アイちゃんも考える時間が欲しかったんだろ。メール一つくらいで惑わされたりしたらだめだよメル」


「うん…」


「納得してない顔だな」


そんな顔をしてたのか自分では自覚はないけど、お父さんはミラー越しに私の顔を見て吹き出して笑った。


「メルが雰囲気をよくしたらいいだろ。せっかく頑張って練習したんだからそんな顔で行くのはもったいないぞー」


「うんわかってる」


さすが私の倍生きているだけあって、お父さんの言葉は至極真っ当で、すっと心に入ってきた。
頷くと、車はちょうど駅のロータリーに入って行った。

送迎所にぴたりと車を寄せてもらってから、ドアを開けて降りると、運転席から体を乗り出してお父さんは拳をぐっと見せてきた。

ついくすりと笑ってしまったのがシャクで、「行ってきます」とぶっきらぼうに言うと、お父さんは陽気に手を振って発進していった。

少しだけ車の後ろ姿を見送って、駅の中へ歩いていく。


お父さんに家から最寄り駅まで車で送ってもらうのは毎朝のことだ。
仕事前にわざわざ乗っけていってくれるお父さんには感謝しかない。


改札に入って、ホームへ向かうと今日は私が最後だった。
地獄から帰ってきたようなげっそりした顔をしているレオと、いつもと変わらぬ様子で背が高く目立つタカちゃん。
それから、こちらもいつもと変わらずポケットに手を突っ込み、ヘッドフォンで音楽を聴いているソウジ。
すでに3人は固まって電車の到着を待っていた。


「おはよう。」


駆け寄って声をかけると、レオとタカちゃんがこっちを見た。


「おはよう!」と元気に返してくれるタカちゃんと打って変わって、消え入りそうな声でたぶんおはようと言っているのであろうレオ。

なんだかここまで落ち込んでいる様子を見ると、ちょっと可哀想になる。


「ねえレオ、アイからメールの返事きた?」


「あ」


レオに近づいて、アイについてそう聞くと、レオではなくタカちゃんが低い声を漏らした。
タカちゃんの方を見ると、苦虫を噛み潰したような表情をしてレオを見ていて、その先のレオを見ると、顔を真っ白にしていた。


「え、レオも返事来てないの?」


「…お前もなのか?」


「うん」


「俺も、まだ何にも返ってきてない」


さすがにレオはとんでもない長文書いてたし、アイのことだから何かしらは返事をしているのではと思っていたけど、予想外の様子に不安が波を打つ。


もう30分後には始業の時間だし、いつもあり得ないくらい早い時間に学校に来ているというアイが未だに返事をしていないと言うことはやっぱりまだ腹の虫が治らないと言うことなのではないか。
さっき父親にメールの返事なんか気に病むなと言われたばかりなのに焦りが止まらない。