余韻を残さない、潔い一言だ。


「もうちょい、なんかさあ」


大げさに首を振って不満を漏らす藤村さんに気を止めることなく津神くんは視線を向こうに戻した。


上野くんも困ったように眉毛を下げて笑っていたけど、すぐに切り替えて私の方を見た。


「じゃあ戸田さんもいい?」


「は、はい。
えっと、1年1組の戸田愛未です。あの、この度はこんな私をボーカルに認めてくださって本当にありがとうございます。
あの誠心誠意努力して精進させてもらうつもりなのでどうかよろしくお願いします」


ありきたりな言葉しか思いつかない自分自身にため息をつきたくなる。


それでも精一杯頭を深く下げて感謝の気持ちを表そうとした。


すると、


「堅っ!」


上野くんのこみ上げるような笑い声が聞こえて思わず頭をあげた。


「とりあえず敬語やめよ?そういうの面倒だから。あと、なんて呼べばいい?普通にアイミでいい?」


黙り込んでしまった。


アイミ、アイミでいいよね。


頷こうとすると、ある朧げな記憶が突然私の頭に現れた。


『お母さんは、私みたいになってほしくてあんたにアイミって名前つけたんだよ?

ほら、私はミア、あんたはアイミ、そのまま逆になってるだけじゃん。

あんたの名前の由来なんてそんなもんだよ!
ほんっとかわいそう』


小学生の時に、ある宿題が出された。


自分の名前の由来を親に聞いて調べてくるという宿題だ。


担任の先生の意図としては、そういう機会を持つことで親からの愛情を学ばせるつもりだったんだろう。


私はすでにその時両親が私に対して微塵も興味を持っていないことに薄々気づいていた。


だけど、この宿題があれば、お母さんとまた話せるかもしれない、普通に戻れるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて家に帰った。


自分の名前にどんな由来があるのか、そんなワクワクも伴って、駆け足で帰ったのを覚えている。


だけど、運悪くお母さんに見せる前のその宿題プリントを姉に見つかってしまった。


姉以外その時家にはいなくて、姉はいつものように私を一方的に叩きながら笑ってあのセリフを言ったのだ。


絶望した。


私の名前にはお姉ちゃんみたいになってほしいという願いが込められていたのか。


そう幼心に理解して、なんとなく納得した。


だから、名前にそぐわず、お姉ちゃんみたいになれなかった自分は嫌われるのかと。


宿題には由来は無しと一言だけ書いて持っていった。


発表の時間にそれを言ったら、周りはざわつき、先生は困惑した表情で私を見つめた。


それ以来、私は自分の名前に言いようのない虚無感を感じて生きてきた。


空っぽなんだ。


姉のおまけのようにして生まれてきて名付けられた私は、1人じゃ生きてる価値もない人間なんだ。


自分の名前を書くのが辛くて仕方なかった。


戸田愛未、この名前こそが私をあの家族に縛り付ける元凶のような気がしてた。


だから、変わりたい。


名前を変えることは今の私には出来ないけど、でもせめてバンドの中での呼び名だけでも変えたら、私は少しだけ強くなれるかもしれない。


「あの、アイって呼んでください」


だから私は思い切ってそう言ってみた。


4人はそれぞれの表情のまま、こっちをみてくれていた。


「おっけー、アイ。これからよろしく」


すかさず名前を呼んで笑顔を見せてくれる上野くんを見て、なんだか心が温かくなった。