「お、来たきた」


上野くんに手招きされて座るように言われて頭を下げて第一音楽室の中に入った。


昼休み、私は昨日と同じく第一音楽室に上野くんから呼び出されていた。

上野くんたちが円を作って座っている近くに私も腰を下ろすとなんだか力が抜けた。

朝のあれから私に向けられる視線が痛くて痛くてたまらなかった。


その視線は好意的なものもあるけど、明らかに私を敵対視するものも多く、ビクビクしながら4時間を過ごした。


「えっと改めて、ボーカル引き受けてくれてありがとう。これからよろしく。


そして、本当ーに申し訳ないんだけど、俺しかまだ名前いってなかったよね」

確かにそうだ。
でも彼らはもともと有名人で一方的に知っているから、気づいていなかった。


「だよなー申し訳ない!一応じゃあ俺ももう一回、1年4組の上野玲央。バンドではギターを担当しているけど他の楽器も一通りできる。あと一応リーダーは俺!よろしくな」


人懐っこい笑顔だ。こんな笑顔を向けられたら女の子は誰だってイチコロだ。


「よろしくお願いします」


深々と頭を下げると、上野くんの隣にいた先輩が大きく手を挙げた。


「じゃあ次俺なー。2年5組の藤村鷹斗だ!タカとかタカちゃんとかまあ色々言われてっから適当に呼んでくれ!
一応一つ年上だけど、敬語とかいらねえかんな!
バンドではドラムをやってる。こいつら曲者揃いで大変だと思うけど、仲良くしてやってくれな〜」

大きく口を開けて豪快に笑う姿はいつも学校とかで見かける表情と一緒だった。


頼り甲斐のあるお兄さんって感じ。


「ほら、メル」

藤村先輩がそう言って、隣に座っている市川さんの肩をトンっと叩いた。


市川さんは少し藤村さんの方に寄りながら口を開いた。


「市川芽瑠です。メルでいいよ。
えっと、キーボードやってる。あ、レオと同じクラスで4組です。その、よろしく」


「はあ、メルもうちょっと愛想よくしろよ。ったく仲良くしたいんだろ?」


藤村先輩が市川さんの頭をペシっと軽く叩きながらため息をついた。

「ごめんなー戸田ちゃん。こいつ本当は戸田ちゃんとめちゃくちゃ仲良くしたいって思ってるから悪く思わないでくれな」


「うるさいっ」


目の前で小競り合いしている様子を見ると本物の兄妹のようだ。


これまではあまり3人と藤村先輩が一緒にいる様子を見たことはなかったけど、市川さんは誰よりも藤村先輩に懐いているみたいだ。


この教室に入ってきてから市川さんは藤村さんにぴったりとくっついているし、特に先輩と話している時は表情が柔らかい。


私のようなボロ雑巾女と仲良くしたいと思ってくれてるとは到底信じられないけど。


「じゃ、最後ソウジ。あ、でも同じクラスなんだったな」


上野くんが津神くんを指差して思わず肩を震わせた。


昨日津神くんは心底嫌な表情で見ていたし、凶行に出てほとんど無理やりボーカルを認めさせた私のことは絶対によく思っていないだろう。


恐る恐る様子をちらりと見ると、津神くんも全く私のことは見ていなくて、面倒くさそうに上野くんを見ていた。


「別にいいだろ。俺のこと知ってんだろ」


「あ、あ、は、はい、それはもちろん」


「何だお前その嫌な感じ。本当にやめた方がいいぞ。戸田ちゃんこいつクラスでも馴染めてないだろ?」


大袈裟な表情でそう言う藤村先輩に今度こそ私の方が馴染めてないですよと上手く自虐ネタを返そうとしたがやはりタイミングが合わなかった。


「い、いや津神くんはみんなの人気者です、」


「こんな愛想の悪い男のどこがいいんだろーな。ほら、担当楽器くらい自分の口から言え!」


まるで先輩は3人のお兄さんというよりもお父さんみたいだ。


クスッと思わず笑ってしまった間に、津神くんはぼそっと「ベース」と言われてしまった。