昇降口で靴を履き替えて教室に向かっていると、いつもに比べて廊下に人が少ないように感じる。


通りやすくてちょうどいいが、不思議に思って教室の方に視線をやると反対側の窓にたくさんの生徒が所狭しと張り付いているのが見えた。


「なんだあれ、」


つい呟きが漏れ、レオやタカも不思議そうに首を傾げた。


「ってなんでお前こっちに来てんだよ」


教室の階が違うタカが最も当然に一年のフロアについてきているのに気づくと、
「いやだってみんな階段降りてきてんだぜ」と唇を尖らせて返してきた。


確かに上の階から続々と中庭の方へ走っている様子が見える。


一体何の騒ぎなんだ。


顔を見合わせながら、一番近い俺のクラスに4人で入って窓の方へ近づく。


人が多すぎて外の様子はまだ視界に入ってこないが、近くの女子生徒たちの話す声が聞こえた。


「うますぎない?」


「あら戸田さんだよね。あんなに歌うまかったんだ」


「でもなんで急にあんなところで」


戸田ってどこかで



そんな時、微かに声が聞こえた。


〜♩

歌っている。
音楽だと分かったとたん、全神経を尖らせて集中して耳をすませる。


ざわざわと人の出す声に紛れてはいるものの、その声は間違いなく俺の耳に届いている。


もっと近くで聴きたい。


無意識のうちに俺は教室を飛び出していて、中庭の方は走り出していた。


気づけば隣にはレオが並走していて、その表情は久しぶりに見る満面の笑顔だった。
ずっと念願だったおもちゃを買ってもらえた子どものようにキラキラと輝かせていた。


中庭に出ると、すでに人だかりができていて声の主を取り囲むようにして人の円があった。


だが、近づかなくとももう声ははっきり聞こえた。


屋外でマイクも通していないのに関わらず、ビリビリと体に振動を感じるような声量。


高音も低音も丁寧に歌い上げる音域の広さと何にも染まっていないような透き通った声。
洋楽を完璧に歌いこなす発音の良さ、そして声も出ないままに涙が溢れそうになるほどの表現力。

まるで彼女自身が作り上げたドームの中に強制的に参加させられたような気分だった。


大袈裟ではなく、歌姫という言葉が似合うと思った。
たった1人で地に足つけてその声を響かせる彼女は無限の可能性とそして恐ろしさを秘めている。


壁を作っていた人が少し位置を変えたおかげで、本人の様子が少し見えるようになったが、


やはりそれは昨日おどおどと下を向いて自分を卑下していた眼鏡のあの女だった。


だが、昨日の雰囲気とは全然違って、前を向いて足を広げて何より楽しそうに歌っている。


今日の彼女は本当に綺麗だった。


「どこで見つけてきたんだよあんなの」


呆然としたまま、レオに問いかけた。


レオはにこにこと笑いながら秘密〜と人差し指を口につけた。


いつの間にかメルとタカも後ろにいて、大きく目を見開いてお互いに顔を見合わせている。