「これ、仮の曲できた」
次の日の昼休み、お弁当を早く食べ終えて、ソウジに数学のわからなかった問題を聞いている途中で、突然ソウジが言った。
私に対して、ヘッドフォンを差し出している。
「え、あ、」
突然ではなんのことかすぐにわからず、飲み込めないままにスマートフォンに視線を落とした。
「聞け」
「ああ、は、はい」
ライブ用の楽曲ができたのかとようやく状況が飲み込めたところで、言われるがままにヘッドフォンを頭に装着した。
シルバーでスタイリッシュな形のこのヘッドフォンはバイト代を半年貯金して買ったものらしい。
軽くてまるで何もつけていないようなフィット感なのに、装着した途端それまでの教室のガヤガヤとした音がたちまち消えて、静寂の世界となった。
あまりの静かさに動揺して、周りをキョロキョロと見回してしまった。
しかし、次の瞬間勢いよく頭の中にメロディーが流れ込んできた。
すでにギター、ベース、ドラム、キーボードの音が入っている。
目を閉じて曲に集中する。まるで目の前で実際に楽器を使って演奏しているような臨場感に不思議な感じがする。
ソウジの好みがちなロック調の曲だ。
激しいドラムの打ち込みや、ギターとベースのソロが印象的だった。
一瞬で駆け抜けていくような疾走感のある曲で、私は聴き終わった後もしばらく口が聞けなかった。
「なんか言えよ」
呆然としてるところに、ソウジが不満げに口を尖らせたところでようやく言葉を発せた。
「あ、す、すごいかっこいい。レオの作る曲とはまた全然違うね。も、もう一回聞いてもいい?」
「まあ別にいいけど」
素直な感想を述べたつもりだったのに、ソウジはそっぽを向いてそう言った。
気恥ずかしいのかもしれない。
細かいところに気がつかないうちにさっきは聴き終わってしまったので、次はしっかり曲に没頭した。
うん、やっぱり好きだ。
聴き終わって改めてそう思った。
この曲に歌詞を乗せて歌いたい。
「曲に合うように歌詞考えてみる、ね」
ヘッドフォンを外してそう言うと、「まあ、別に無理して今作らなくてもいいけど」とソウジはやっぱりそっぽを向いたままで言った。
まあ別にがソウジな口癖なのかもしれない。
指摘したら怒られそうだけど。
「この音源どうやって作ってるの?全部楽器の音が入ってるけどみんなで演奏したわけじゃないよね?」
「パソコンのソフトで作った」
「そんなことできるんだ。すごい」
「誰だってできるだろ」
「そうなんだ。パソコンって授業でしか使ったことないから」
「あのボロいデスクトップと一緒にすんなよ」
笑いを狙ったつもりはなかったが、ソウジは珍しくフッと笑った。
教室で笑顔を見せるのは初めてかもしれない。
驚いていると、「俺今日バイトだから」と、ヘッドフォンを片付けながらソウジが言った。
「そうなんだ。大変だね、テスト前まで」
「別に」
そう言ってため息をついたソウジに、思い切って聞いてみようと決めた。
「…あの、」
それだけ言うと、ソウジは私の目をまっすぐ見る。
「なんだよ」
「あ、えっと、その、あー…な、なんでもない」
「だるい、さっさと言えよ」
ソウジに見つめられると、自分が今から言わんとしていることが突拍子もない現実味もない話に思えてきて、取りやめようとしたが、ソウジはそれを許さなかった。
じろりと睨みつけられて、思わず身がすくむ。
「ー…あの、バイトってソウジはどうやって探したの?」
「は?」
「い、いやちょっと気になっただけっていうか」
「別に何もまだ言ってねえだろ」
ソウジに凄まれると怖くてつい言い訳して自己防衛に走ってしまう。
「バイト始めんの?」
言われてしまった。
「む、無理だよね。私なんか、バイトしたってきっと迷惑かけるだけだし」
何も言われていないうちに自分から否定的な言葉を発してしまうのは私の悪い癖だ。
それはもう十分わかっている。
だけど、長年染み付いてしまった癖は三日三晩意識したところで克服できるわけじゃない。
今も挙動不審に否定に走った私をソウジが冷めた目で見ていることに気づいている。
「…ごめんなさい」
何も言わないソウジにとりあえず謝ってしまう。
すると、ソウジは大きくて深いため息をひとつついた。
「何も言ってねえだろ、まだ」
そう、まだ言ってないだけだ。
まだ。
「別にすればいいじゃん」
「で、でも私にできるかどうか」
「やってみねえとやれるかどうかもわかんねえだろ。アホか」
鋭い言葉にうっと無意識に胸を押さえる。
ずっと思っていた。
前とは違って必需品を身構えずに買えるくらいのお金は手にしたけど、
自分のやりたいことや欲しいもののために自分で稼いだお金を使いたい。
それと、単純に私はアルバイトというものに憧れがあった。
これからの人生、もう自分のやりたいことを諦めたくない。
「あの、ソウジは何のバイトやってるの?」
「俺はガソリンスタンドだけど、多分お前には向いてねえな」
「そ、そうだよね…」
「別に役に立たないって言ってるわけじゃねえよ。力仕事が多いからな」
「ああ…なるほど」
「…クラスの奴らにでも聞いてみれば」
そう言ってソウジは顎を傾けて集まってご飯を食べている結城さんたちの方を差した。
次の日の昼休み、お弁当を早く食べ終えて、ソウジに数学のわからなかった問題を聞いている途中で、突然ソウジが言った。
私に対して、ヘッドフォンを差し出している。
「え、あ、」
突然ではなんのことかすぐにわからず、飲み込めないままにスマートフォンに視線を落とした。
「聞け」
「ああ、は、はい」
ライブ用の楽曲ができたのかとようやく状況が飲み込めたところで、言われるがままにヘッドフォンを頭に装着した。
シルバーでスタイリッシュな形のこのヘッドフォンはバイト代を半年貯金して買ったものらしい。
軽くてまるで何もつけていないようなフィット感なのに、装着した途端それまでの教室のガヤガヤとした音がたちまち消えて、静寂の世界となった。
あまりの静かさに動揺して、周りをキョロキョロと見回してしまった。
しかし、次の瞬間勢いよく頭の中にメロディーが流れ込んできた。
すでにギター、ベース、ドラム、キーボードの音が入っている。
目を閉じて曲に集中する。まるで目の前で実際に楽器を使って演奏しているような臨場感に不思議な感じがする。
ソウジの好みがちなロック調の曲だ。
激しいドラムの打ち込みや、ギターとベースのソロが印象的だった。
一瞬で駆け抜けていくような疾走感のある曲で、私は聴き終わった後もしばらく口が聞けなかった。
「なんか言えよ」
呆然としてるところに、ソウジが不満げに口を尖らせたところでようやく言葉を発せた。
「あ、す、すごいかっこいい。レオの作る曲とはまた全然違うね。も、もう一回聞いてもいい?」
「まあ別にいいけど」
素直な感想を述べたつもりだったのに、ソウジはそっぽを向いてそう言った。
気恥ずかしいのかもしれない。
細かいところに気がつかないうちにさっきは聴き終わってしまったので、次はしっかり曲に没頭した。
うん、やっぱり好きだ。
聴き終わって改めてそう思った。
この曲に歌詞を乗せて歌いたい。
「曲に合うように歌詞考えてみる、ね」
ヘッドフォンを外してそう言うと、「まあ、別に無理して今作らなくてもいいけど」とソウジはやっぱりそっぽを向いたままで言った。
まあ別にがソウジな口癖なのかもしれない。
指摘したら怒られそうだけど。
「この音源どうやって作ってるの?全部楽器の音が入ってるけどみんなで演奏したわけじゃないよね?」
「パソコンのソフトで作った」
「そんなことできるんだ。すごい」
「誰だってできるだろ」
「そうなんだ。パソコンって授業でしか使ったことないから」
「あのボロいデスクトップと一緒にすんなよ」
笑いを狙ったつもりはなかったが、ソウジは珍しくフッと笑った。
教室で笑顔を見せるのは初めてかもしれない。
驚いていると、「俺今日バイトだから」と、ヘッドフォンを片付けながらソウジが言った。
「そうなんだ。大変だね、テスト前まで」
「別に」
そう言ってため息をついたソウジに、思い切って聞いてみようと決めた。
「…あの、」
それだけ言うと、ソウジは私の目をまっすぐ見る。
「なんだよ」
「あ、えっと、その、あー…な、なんでもない」
「だるい、さっさと言えよ」
ソウジに見つめられると、自分が今から言わんとしていることが突拍子もない現実味もない話に思えてきて、取りやめようとしたが、ソウジはそれを許さなかった。
じろりと睨みつけられて、思わず身がすくむ。
「ー…あの、バイトってソウジはどうやって探したの?」
「は?」
「い、いやちょっと気になっただけっていうか」
「別に何もまだ言ってねえだろ」
ソウジに凄まれると怖くてつい言い訳して自己防衛に走ってしまう。
「バイト始めんの?」
言われてしまった。
「む、無理だよね。私なんか、バイトしたってきっと迷惑かけるだけだし」
何も言われていないうちに自分から否定的な言葉を発してしまうのは私の悪い癖だ。
それはもう十分わかっている。
だけど、長年染み付いてしまった癖は三日三晩意識したところで克服できるわけじゃない。
今も挙動不審に否定に走った私をソウジが冷めた目で見ていることに気づいている。
「…ごめんなさい」
何も言わないソウジにとりあえず謝ってしまう。
すると、ソウジは大きくて深いため息をひとつついた。
「何も言ってねえだろ、まだ」
そう、まだ言ってないだけだ。
まだ。
「別にすればいいじゃん」
「で、でも私にできるかどうか」
「やってみねえとやれるかどうかもわかんねえだろ。アホか」
鋭い言葉にうっと無意識に胸を押さえる。
ずっと思っていた。
前とは違って必需品を身構えずに買えるくらいのお金は手にしたけど、
自分のやりたいことや欲しいもののために自分で稼いだお金を使いたい。
それと、単純に私はアルバイトというものに憧れがあった。
これからの人生、もう自分のやりたいことを諦めたくない。
「あの、ソウジは何のバイトやってるの?」
「俺はガソリンスタンドだけど、多分お前には向いてねえな」
「そ、そうだよね…」
「別に役に立たないって言ってるわけじゃねえよ。力仕事が多いからな」
「ああ…なるほど」
「…クラスの奴らにでも聞いてみれば」
そう言ってソウジは顎を傾けて集まってご飯を食べている結城さんたちの方を差した。


