悪魔の花嫁


 十全は露子の左手の薬指へ、彼女の希望のピンクゴールドでルビーのついたシンプルなリングを嵌める。
 左手の薬指へのリングの意味は古今東西きっと同じ認識だろう?
 十全は確信もって、その指を選んだ。
 サイズはぴったりだ。 
 奥までぎゅっと入れると白い肌に赤い石はよく似合う。
 ほっそりした露子の薬指にぴたりと嵌る。
 血のように赤い輝き。

「僕と結婚してください。」

 十全は人生で一番、心臓の鼓動の速度を早めている。
 目が回りそうだ。
 悪魔のくせに、人間の小娘に跪いて愛を乞う。

 みっともない。
 きっと、過去のジェルゼン•ソーンを知っている悪魔ならば、笑うだろう。
 恋を知らない、愛を知らない、空虚な悪魔。
 ジェルゼン•ソーンはもういないのだ。
 彼はこころを埋める方法を漸く知った。

 露子は左手の薬指をじっと見ている。 
 そこに輝く指輪の意味を彼女は知っている。

「うれしい。私嬉しいです。十全さん。」

 ぱっと顔を上げた彼女の顔は明るく輝いている。
 美しい、綺麗だ。
 十全は思う。
 それは彼女の造作や所作、神様の加護なんかじゃない。
 露子だから。
 きっと、彼女だからだ。
「はい。私、あなたと結婚します。」
 十全はたまらず彼女の細い身体を抱きしめる。
 痛かったと思うが、露子は何も言わないで居てくれた。

 夜は更け、月はもう隠れている。
 十全のマンションの大きな窓からは月の光りはもう見えない。
 町灯りはきらきらと星のように輝き、薄暗い闇の中で、露子の真白の肌だけがぼうと浮かぶ。
 十全は彼女の赤い唇を貪る。
 甘い、やわらかい果実だ。
「食べてしまいたいほど、君が好きだよ。」
 十全は露子の身体を抱きしめる。
「私も、十全さんが好き。だから、なにしても、平気です。」
 露子は婉然と笑う。
 十全はこの台詞を前も聞いた。
 だが、前とは違う。
 彼女はきっと十全を信じてくれた。
 自分の思いを、この恋心を理解してくれたはずだ。
 悪魔だって恋をする。
 人を愛する事が出来る。
 恋は一人では完結しない。
 ふたりでも、思いがすれ違うこともある。
 でも今日のふたりはきっと完全になる。
 いびつな二人は重なる。

 十全。

 夜半、秋の月は再び姿を現した。
 さらさらと秋の風が吹き抜け、もうすぐ季節は冬になる。
 
 


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 翌日、鈴木商店で野菜を買った露子の左手の薬指をみた加悦は、赤鬼のように真っ赤な顔をしたかと思うと、露子に野菜やその他の商品諸々を買い物袋に詰めてくれた。
「お代はいらねえ、ご祝儀代わりだ。」
露子はお礼を言うと緑の小鬼を返した。
「役に立つ子だけど、私、もう大丈夫だから。」
加悦はがっかりしたような顔を一瞬したが、もう何も言わず、いつもの笑顔で笑ってくれた。
「おい、あの悪魔に愛想が尽きたら、いつでもここに来いよ!あと、小鬼もいつでも貸してやるからな!」
 加悦は去り際の露子に叫んだが、露子は笑って左手を振っただけで去った。