露子は恋をしている。
相手は悪魔だ。
露子のことをいつも助けてくれて、一緒に眠るのに、手も出さない。
でも、時々もの凄く我慢してくれていることは知っている。
露子は抱きしめられると胸の奥がしびれたみたいになって、いつも奥歯を噛み締めて我慢する。むずむずするようななんだか、しびれるような、浮き足立つような不思議な気持ちになるのだ。
露子は、誰かに愛されるのに慣れているけど、これはいつもの感じと違う。
露子にとって愛されることは時に重みだ。
自分の知らないところで、誰かが、自分を思うことは時に不快だ。
中学の時に自分の生写真が高額で取引されていると知った時のあの嫌悪を忘れる事は出来ない。
告白も重圧だ。
断るのは面倒だし、思われて嬉しいという自尊心と、自分の外見に魅了され、神様の加護に惹かれてやってくる人々が哀れでならない。
それが望まない相手であっても好かれているのだったら、邪見にできない。
厭だと言えない。
それが露子の罪だ。
だけど、十全は違う。
他の誰とも、何もかも違う。
大勢に愛されるのと、彼だけに愛されるのと。
もし世界中の誰もが自分を憎んで嫌っても、彼だけが露子を愛してくれるならそれでいいと思う。
こんな風に考えたのは初めてで、露子は困惑した。
そして、十全が露子を愛していなくてもいいと思うようになった。
十全は悪魔だから、人間と恋ができると思わない。
彼が露子を愛していなくて、ただ、面白い人間を弄びたいが為に、露子に近づいたのだとしても、それでもいいと思えるほどに。
露子は、あの飴色の髪の碧眼の悪魔に捕われている。
¥
一日の終わりに、十全と露子がマンションのソファーで寛ぐのは二人の日課だ。
十全は露子のためにココアを入れてテーブルに置く。
露子はにっこり笑ってお礼の代わり。
湯気のたすマグカップを両手で持つ彼女は可愛い。
桃色のパジャマを着て、かわいいという言葉は彼女のためにあるんじゃないかと十全はたまに、本気で思う。
十全は今日こそ、露子に自分の思いを伝えて、こころを繋ぎたいと考えている。
そんな十全の決意も知らず、ソファーで露子は十全の膝に乗る。
そして、誘惑でもするように、耳元でささやく。
「十全さん、私、加悦さんに座敷牢に監禁されたときも神隠しに合ったときも、一番にね、貴方に会いたいと思ったの。そして、どちらも、一番に私を心配してくれたのは十全さんだった。だから、私、貴方が好き。貴方が私を愛してくれなくても、それでもいいの。もし、貴方が私の魂を食らいたいというのなら、それでもいいの。」
露子はそこまで一息で言う。
「だから、あなたも私を愛してほしい。」
瞳はまっすぐ十全を見ているし、真剣そのものである。
十全が露子の魂を奪い、食らう気だと考えているのだ。
十全はその誤解を解く術が分からない。
誤解を解くには、誠実に、悪魔らしくなく、真剣に話す必要があるのだった。
「露子ちゃんは覚えてないかも知れないけど、僕は五歳の頃の君に会っていてる。」
露子はきょとんとした顔をして首をかしげる。
「知らないわ。」
十全はゆっくりと昔話をする。
「僕が初めてこの地に来たとき、君は巫女姿で、僕に話しかけた。そう、おかっぱ頭の可愛い巫女さんだったな。そして君は、『神様なんてなにもしてくれない』と言った。『願いは自分の胸に誓うものだ』そう言ったんだよ。だから、僕はこの地に住まうことに決めた。」
露子は目をぱちくりさせて首を振る、覚えていないのだ。
「僕は君の言葉を聞いて、ここで、この地に根を降ろす事に決めた。君のいるこの神社のあるこの霜月商店街で商売をしようと決めた。そして。」
「そして?」
露子は濡れたような夢を見ているような視線で此方を見る。
「いつか、君をこの手で奪うと決めた。ただ、君は幼かったからね。そのまま奪う分けにはいかなかった。僕も仕事を持っていなかったし。君に贅沢はさせてあげられないし。」
十全は最後、少し茶化したが露子は何も言わない、ただ、続く台詞を待っている。
十全は姿勢を正した。
「君が成長して、人間として幸せに暮らして、その上で僕の花嫁になる事を選んでくれるよう、もうずっと待っていたんだ。」
十全は露子の左手を取る。
優しく。
そっと白魚の指先に口づける。
露子は抵抗しない、されるがままだ。
「君はもう清浄な巫女ではない。当たり前だ、人間なのだから、完全に美しい人間なんていない。だれもが闇を持っているし、欲望も愛憎もある。でもそれでも、僕は人は美しいと思う。それは露子ちゃん、君に出会って気がついた感情だ。」
露子は頷く。
「私は綺麗じゃないわ。欲深く、ずるい人間のひとり。誰もが私を愛してくれて、それにあぐらをかいて生きてきた。努力する事も、人を愛することもしなかった。」
十全は笑う。
「それでも、僕は君が好きだ。綺麗だけど、例え君が綺麗でなくてもいい。君が醜く醜悪に崩れたとしても、僕は君が好きだ。綺麗だから、君が好きになった、だけど、それは契機にすぎない。今の君が好きだ。」
相手は悪魔だ。
露子のことをいつも助けてくれて、一緒に眠るのに、手も出さない。
でも、時々もの凄く我慢してくれていることは知っている。
露子は抱きしめられると胸の奥がしびれたみたいになって、いつも奥歯を噛み締めて我慢する。むずむずするようななんだか、しびれるような、浮き足立つような不思議な気持ちになるのだ。
露子は、誰かに愛されるのに慣れているけど、これはいつもの感じと違う。
露子にとって愛されることは時に重みだ。
自分の知らないところで、誰かが、自分を思うことは時に不快だ。
中学の時に自分の生写真が高額で取引されていると知った時のあの嫌悪を忘れる事は出来ない。
告白も重圧だ。
断るのは面倒だし、思われて嬉しいという自尊心と、自分の外見に魅了され、神様の加護に惹かれてやってくる人々が哀れでならない。
それが望まない相手であっても好かれているのだったら、邪見にできない。
厭だと言えない。
それが露子の罪だ。
だけど、十全は違う。
他の誰とも、何もかも違う。
大勢に愛されるのと、彼だけに愛されるのと。
もし世界中の誰もが自分を憎んで嫌っても、彼だけが露子を愛してくれるならそれでいいと思う。
こんな風に考えたのは初めてで、露子は困惑した。
そして、十全が露子を愛していなくてもいいと思うようになった。
十全は悪魔だから、人間と恋ができると思わない。
彼が露子を愛していなくて、ただ、面白い人間を弄びたいが為に、露子に近づいたのだとしても、それでもいいと思えるほどに。
露子は、あの飴色の髪の碧眼の悪魔に捕われている。
¥
一日の終わりに、十全と露子がマンションのソファーで寛ぐのは二人の日課だ。
十全は露子のためにココアを入れてテーブルに置く。
露子はにっこり笑ってお礼の代わり。
湯気のたすマグカップを両手で持つ彼女は可愛い。
桃色のパジャマを着て、かわいいという言葉は彼女のためにあるんじゃないかと十全はたまに、本気で思う。
十全は今日こそ、露子に自分の思いを伝えて、こころを繋ぎたいと考えている。
そんな十全の決意も知らず、ソファーで露子は十全の膝に乗る。
そして、誘惑でもするように、耳元でささやく。
「十全さん、私、加悦さんに座敷牢に監禁されたときも神隠しに合ったときも、一番にね、貴方に会いたいと思ったの。そして、どちらも、一番に私を心配してくれたのは十全さんだった。だから、私、貴方が好き。貴方が私を愛してくれなくても、それでもいいの。もし、貴方が私の魂を食らいたいというのなら、それでもいいの。」
露子はそこまで一息で言う。
「だから、あなたも私を愛してほしい。」
瞳はまっすぐ十全を見ているし、真剣そのものである。
十全が露子の魂を奪い、食らう気だと考えているのだ。
十全はその誤解を解く術が分からない。
誤解を解くには、誠実に、悪魔らしくなく、真剣に話す必要があるのだった。
「露子ちゃんは覚えてないかも知れないけど、僕は五歳の頃の君に会っていてる。」
露子はきょとんとした顔をして首をかしげる。
「知らないわ。」
十全はゆっくりと昔話をする。
「僕が初めてこの地に来たとき、君は巫女姿で、僕に話しかけた。そう、おかっぱ頭の可愛い巫女さんだったな。そして君は、『神様なんてなにもしてくれない』と言った。『願いは自分の胸に誓うものだ』そう言ったんだよ。だから、僕はこの地に住まうことに決めた。」
露子は目をぱちくりさせて首を振る、覚えていないのだ。
「僕は君の言葉を聞いて、ここで、この地に根を降ろす事に決めた。君のいるこの神社のあるこの霜月商店街で商売をしようと決めた。そして。」
「そして?」
露子は濡れたような夢を見ているような視線で此方を見る。
「いつか、君をこの手で奪うと決めた。ただ、君は幼かったからね。そのまま奪う分けにはいかなかった。僕も仕事を持っていなかったし。君に贅沢はさせてあげられないし。」
十全は最後、少し茶化したが露子は何も言わない、ただ、続く台詞を待っている。
十全は姿勢を正した。
「君が成長して、人間として幸せに暮らして、その上で僕の花嫁になる事を選んでくれるよう、もうずっと待っていたんだ。」
十全は露子の左手を取る。
優しく。
そっと白魚の指先に口づける。
露子は抵抗しない、されるがままだ。
「君はもう清浄な巫女ではない。当たり前だ、人間なのだから、完全に美しい人間なんていない。だれもが闇を持っているし、欲望も愛憎もある。でもそれでも、僕は人は美しいと思う。それは露子ちゃん、君に出会って気がついた感情だ。」
露子は頷く。
「私は綺麗じゃないわ。欲深く、ずるい人間のひとり。誰もが私を愛してくれて、それにあぐらをかいて生きてきた。努力する事も、人を愛することもしなかった。」
十全は笑う。
「それでも、僕は君が好きだ。綺麗だけど、例え君が綺麗でなくてもいい。君が醜く醜悪に崩れたとしても、僕は君が好きだ。綺麗だから、君が好きになった、だけど、それは契機にすぎない。今の君が好きだ。」
