僕は悪魔だ、目は冷えているし、人から信用されるような商売はしていない。
口はぺらぺらと勝手に動くし、歯の浮くような言葉だってするする出て行く。
彼女に信用されないのはわかっている。
ならば、十全は変わらなければならないのだろう。
彼女のために変わらなければならないのだ。
ジュエリーショップで9号の指輪を買うことにする。
彼女の希望どおり、ピンクゴールドでピジョンブラッドの最高級の指輪だ。
華奢な作りでシンプルなリングだが、流れる曲線は美しい。
彼女は十全同様、なんだかんだで、贅沢な生活がその身に染み付いている。
物を見る目は確かだ。
きっとこのリングも気に入ってくれることだろう。
いつも付けて欲しいと思って、最高のデザイナーに頼んだ。
9号というのは彼女の自己申告であるが、彼だって予め知っていた。
悪魔の力で彼女の身体の隅々まで調べたのだ。
これはもしばれれば、殴られるので内緒だ。
¥
商工会の忘年会は老舗中華料理店「赤月楼(こうげつろう)」の二階の座敷を貸し切って行う。
四十年の老朽化した建物はミシミシと悲鳴をあげるが、修繕に修繕を重ね、綺麗に磨き上げられた廊下や朱塗り欄間は美しい。
アンティークなランプが並び、外から見るよりも中は広くて綺麗だ。
漆の円卓もオレンジの灯りにつやつやと輝いて、まだまだ綺麗である。
明治だか江戸だかの遊郭を思わせるような赤い格子の戸を開けて、十全と露子は座敷に上がる。
十全はこういう古い家屋敷が好きだ。
長く使われた物は美しい。
良いものは長く使われて磨かれる、惹き付ける力を持つ。
長く愛されて美しくなる。人間だって同様だ。
ランプの陰から赤い小鬼が覗く。
小鬼は赤月楼の従業員同様に小袖と黒い前掛けを着ている。
「いらっしゃいませ。皆様もうお待ちでございます。」
生意気にも、赤い小鬼は丁寧にお辞儀をした。
さて今回、晴れて十全は霜月商工会の一員として迎えられたのである。
十全の入会祝い件、忘年会と聞いているが、メンバーは商店街の店主たちで、ほとんどは露子の知り合いである。
「やあ、やあ、露子ちゃん、よく来たね。」
「露子ちゃん、この前は大変だったねえ。」
「露子ちゃん、待ってたよ。」
「露子ちゃん何が食べたい?」
その様子はまるで、歓迎を受けるのは主に露子で、十全はおまけといった具合であった。
円卓には商工会のメンバーが揃っていた。
犬神の佐藤の隣に十全と露子は座る。
さっそく露子は佐藤のコップに勺をする。
佐藤は脂下がって露子のために何やら注文している。
「佐藤さん、私小籠包と餃子食べたいです。あと、銀杏とお肉を炒めたやつ。あれ好きなんです。」
佐藤はニコニコしながら露子の要望に答える。
加悦はもう既に酔っているようであり、十全にしきりにビールを勧める。
「おい、悪魔、まあ、飲め飲め。今日は忘年会なんだからよう。毎年、忘年会は無礼講。パーッと騒ぐことに決めてるんだからな。」
加悦は十全の背中を酔っぱらいのテンションでばんばん叩く。
痛い。
「鬼さん、僕は日本酒が飲みたいなあ。実は飲んだことがないんだ。」
十全は加悦のこういう過去に捕われない気さくなところを割と気に入っている。
加悦は明るくて率直な良い若者だ。
「おうよ、待ってな十全、今小鬼に頼んでやるよ。」
先ほどの小鬼は、円卓の端から走ってきたかと思うと、注文をメモに取り、またテーブルの端まで走って、すっと消える。
しばらくすると、露子のためのオレンジジュースや、十全の冷酒を店主の張という男が運んで来てくれた。
「田中十全さん、どうぞいらっしゃい。今日は宜しくね。私も移民だからね、ほら、前の戦争の後にこっちに来たんだ。ちょっと癖のある妖怪は多いけど、皆、根は優しいんだ。今日はゆっくり寛いでおくれよ。」
彼は人好きのする笑顔で微笑む。
張も小鬼と同じく小袖に黒い前掛けをしている。
この中では露子と同じく人間であるが、露子と同じく場に馴染んでいる。
「ありがとうございます。」
張の細い目は見るからに優しそうであるが、妖怪の集いに人間が混ざって、しかも違和感がないとなると、彼もなかなかの役者であろう。
張は丸椅子を何処からか持ってくると、十全の隣に座る。
「ところで十全さん。露子ちゃんとはどういう関係?」
張の問いに円卓が一瞬静まる。
十全と露子に視線がぐいと集まる。
これには十全も苦笑い、である。
「雇用主とアルバイト、という関係ですね、今は。」
口はぺらぺらと勝手に動くし、歯の浮くような言葉だってするする出て行く。
彼女に信用されないのはわかっている。
ならば、十全は変わらなければならないのだろう。
彼女のために変わらなければならないのだ。
ジュエリーショップで9号の指輪を買うことにする。
彼女の希望どおり、ピンクゴールドでピジョンブラッドの最高級の指輪だ。
華奢な作りでシンプルなリングだが、流れる曲線は美しい。
彼女は十全同様、なんだかんだで、贅沢な生活がその身に染み付いている。
物を見る目は確かだ。
きっとこのリングも気に入ってくれることだろう。
いつも付けて欲しいと思って、最高のデザイナーに頼んだ。
9号というのは彼女の自己申告であるが、彼だって予め知っていた。
悪魔の力で彼女の身体の隅々まで調べたのだ。
これはもしばれれば、殴られるので内緒だ。
¥
商工会の忘年会は老舗中華料理店「赤月楼(こうげつろう)」の二階の座敷を貸し切って行う。
四十年の老朽化した建物はミシミシと悲鳴をあげるが、修繕に修繕を重ね、綺麗に磨き上げられた廊下や朱塗り欄間は美しい。
アンティークなランプが並び、外から見るよりも中は広くて綺麗だ。
漆の円卓もオレンジの灯りにつやつやと輝いて、まだまだ綺麗である。
明治だか江戸だかの遊郭を思わせるような赤い格子の戸を開けて、十全と露子は座敷に上がる。
十全はこういう古い家屋敷が好きだ。
長く使われた物は美しい。
良いものは長く使われて磨かれる、惹き付ける力を持つ。
長く愛されて美しくなる。人間だって同様だ。
ランプの陰から赤い小鬼が覗く。
小鬼は赤月楼の従業員同様に小袖と黒い前掛けを着ている。
「いらっしゃいませ。皆様もうお待ちでございます。」
生意気にも、赤い小鬼は丁寧にお辞儀をした。
さて今回、晴れて十全は霜月商工会の一員として迎えられたのである。
十全の入会祝い件、忘年会と聞いているが、メンバーは商店街の店主たちで、ほとんどは露子の知り合いである。
「やあ、やあ、露子ちゃん、よく来たね。」
「露子ちゃん、この前は大変だったねえ。」
「露子ちゃん、待ってたよ。」
「露子ちゃん何が食べたい?」
その様子はまるで、歓迎を受けるのは主に露子で、十全はおまけといった具合であった。
円卓には商工会のメンバーが揃っていた。
犬神の佐藤の隣に十全と露子は座る。
さっそく露子は佐藤のコップに勺をする。
佐藤は脂下がって露子のために何やら注文している。
「佐藤さん、私小籠包と餃子食べたいです。あと、銀杏とお肉を炒めたやつ。あれ好きなんです。」
佐藤はニコニコしながら露子の要望に答える。
加悦はもう既に酔っているようであり、十全にしきりにビールを勧める。
「おい、悪魔、まあ、飲め飲め。今日は忘年会なんだからよう。毎年、忘年会は無礼講。パーッと騒ぐことに決めてるんだからな。」
加悦は十全の背中を酔っぱらいのテンションでばんばん叩く。
痛い。
「鬼さん、僕は日本酒が飲みたいなあ。実は飲んだことがないんだ。」
十全は加悦のこういう過去に捕われない気さくなところを割と気に入っている。
加悦は明るくて率直な良い若者だ。
「おうよ、待ってな十全、今小鬼に頼んでやるよ。」
先ほどの小鬼は、円卓の端から走ってきたかと思うと、注文をメモに取り、またテーブルの端まで走って、すっと消える。
しばらくすると、露子のためのオレンジジュースや、十全の冷酒を店主の張という男が運んで来てくれた。
「田中十全さん、どうぞいらっしゃい。今日は宜しくね。私も移民だからね、ほら、前の戦争の後にこっちに来たんだ。ちょっと癖のある妖怪は多いけど、皆、根は優しいんだ。今日はゆっくり寛いでおくれよ。」
彼は人好きのする笑顔で微笑む。
張も小鬼と同じく小袖に黒い前掛けをしている。
この中では露子と同じく人間であるが、露子と同じく場に馴染んでいる。
「ありがとうございます。」
張の細い目は見るからに優しそうであるが、妖怪の集いに人間が混ざって、しかも違和感がないとなると、彼もなかなかの役者であろう。
張は丸椅子を何処からか持ってくると、十全の隣に座る。
「ところで十全さん。露子ちゃんとはどういう関係?」
張の問いに円卓が一瞬静まる。
十全と露子に視線がぐいと集まる。
これには十全も苦笑い、である。
「雇用主とアルバイト、という関係ですね、今は。」
