どうやら、霜月神社の祭神の比売神様は大変に慈悲深く、人間好きの様子。
古くからこの町に住む人間は、神隠しと言わず、神遊びと呼ぶこともあるという。
¥
さて、十全のマンションに戻った露子であるが、本当に体が動かない。
力が抜けてしまい、着替えも億劫である。
「十全さん、お願い、巫女装束を脱がすのを手伝って欲しいの。なんだか体に力が入らなくて、これ、神社からの借り物だから、いつまでも着ている訳にはいかないわ。あと、巫女装束は神聖なものだから、脱いだら直ぐに畳まないと。跨ぐのだって禁止なのよ。大切な神具なの。」
「僕にできるだろうか。」
十全は複雑な顔をしている。
「姫!わたくしめがお手伝いいたしましょう。」
すると、いつの間にか肩にのっていた加悦の子鬼が言う。
「こら、小鬼。あなた何を言ってるのかしら、こんなに非力なのに装束を脱がせて畳むなんてできるわけないじゃないの。」
「小鬼は大きくなることも可能でございます。」
子鬼はえへんと胸を張る。
「まあ、お前、力を隠していたのね。」
「ちょっとちょっと!加悦の小鬼だって?あの野郎、勝手な事をして。」
「姫、わたくしは小鬼ですが、性別がありせぬ、装束をお脱がせして、お畳みすることも障りないかと。」
小鬼は神妙な顔をして宣う。
「そうしましょう。さあ、十全さん、乙女の着替えを覗くなんて野暮なまねしないでね。」
十全は歯をギリギリさせながら隣の部屋に行く。
着替えをして、装束を畳み、風呂敷に詰める。
小鬼は親切にも神社に届けてくれると言う。
ありがたくお願いし、露子はやっと息をついた。
夕方から、露子はベッドを占領してぐうぐう寝ていた。
しかし、夜になれば十全と露子はいつも並んで眠ることになる。
もちろん露子は清い体である。
何せ露子神気が強すぎて十全にはその麗しい身体に手をだすこともできなかったのだ。
しかし、今は少し違っている。
露子は自分を守護していた神気が変わった事に気がついた。
きっと、露子が望めば十全は露子の身体を奪う事ができるだろう。
二人はいつも寝る前にちょっとしたキスをして、並んで眠る。
十全の我慢たるや、尋常のものではないがさすがは悪魔である、彼は露子に対しては非常に紳士だ。
「ねえ、露子ちゃん、僕は君が好きだよ。君は信じないけれど、僕は君のこと、すごく可愛いと思ってる。」
隣から真摯な声が響く。
十全の声は意外に低くて耳もとで聞くと露子は、なんとなくむずむずする。
「どうしたんですか?十全さん、いきなり。」
「食べちゃいたいほどさ。でも、食べてしまったら、君じゃなくなってしまうから。僕は我慢する。それが僕の愛の証だ。」
十全は目を瞑って独り言のように呟く。
「悪いものでも食べたんですか?十全さん。」
露子は寝返りをうって彼の顔を見る。
「僕は真面目だよ。」
十全は露子をぎゅっと抱きしめる。
「いつか、信じてくれるよね、露子ちゃん。」
露子は何も言わない。
ただ十全に抱かれて大人しくしている。
「どうしようかな。」
露子はくすくすと笑っている。
「今回のことで僕は肝が冷えた。折角見つけた花嫁が神様に奪われてしまうとは、僕は君が心配なんだよ。」
十全の心配は礼子と同じく本物だった、露子は胸が暖かく満ちていくのを感じる。
「指輪、買ってくれたら口にキスぐらいしてもいいです。」
露子の頬は薄紅色に染まっている。
「うん。わかった。君に似合う最高の物を作らせるよ。」
露子は悪魔も蕩かすほどに柔らかくわらう。
「ね、ちょっとだけならいいですよ?」
露子は十全の綺麗に剃られた顎から頬にかけてするすると手を滑らせる。
「私、普段、こんなこと言わないです。でも、凄く心配してもらえて嬉しかったし、いつも気障なぐらい着飾っている十全さんがあんなに取り乱して、無精髭姿を見ちゃったから。なんだか、かわいいなって、思って。私、十全さんの事好きです。大好き。
十全さんが私の事好きじゃなくても、私は好き。だから、何されても、平気。」
十全は苦虫をかみつぶしたみたいな顔で此方を見ている。
「露子ちゃん、君、ひどい男殺しだね。悪魔にも勝るよ。そんな事言って、僕が君に酷い事しないってどうして信じられるの?ねえ、君を襲うぐらい、僕には簡単にできるんだから。」
十全は真摯に露子に訴える。
「だって、あなたは優しいから。きっと怖い事なんてなにもない。」
その言葉を聞いた十全は露子に覆い被さった、唇を奪う、そして、その柔らかい身体を、と、彼が本気になりかけた瞬間。
すう。すう。
やすらかな可愛い寝息が聞こえる。
「本当、酷い子だよ全く。」
十全は肩を落とし、隣で大の字になる。
「あーもー。」
十全は今日も紳士である。
