「ハァ…ハァ…」


『ガチャガチャンッ』

「ハァッ………ハァ…』


私は鍵を閉めてその場に座った。

このドアの向こう側にはあいつがいる。

私が刺して血を流しているあいつが。


私は自分の手を見る。

血がついている。


「……私………人を刺しちゃった………大丈夫かな…」


その瞬間


「っ!イタッ!」

私は左目を押さえた。

「?…なんで」

私は目がどうなっているか知りたくて鏡を探そうとした。


「ぁ……」


初めてその時こちら側の部屋を見た。

あいつがすんでいた場所だろうか。

私が5年間住んでいたドアの向こう側には同じような部屋があった。


リビングの隣にキッチン、反対側にはトイレ。
作りは一緒だ。

「…私が今まで居たところと一緒なんだ………あれ?」


ベッドも冷蔵庫もテーブルもあるのは一緒だった。


けれど1つだけ、私が居たところには無いものがあった。


「……机?」

私は机に近づいた。


机の上に鏡がおいてあった。

鏡を見ると、左目のまぶたが切れていた。
さっき揉み合いになったときに切れたのだろう。

机の上には救急箱がある。


「…えっと…どうしようかな………とりあえずこれで…」

私は1つ、眼帯をとった。

前に学校で目を怪我したときも保健室でつけてもらったのだ。



「…これで……バイ菌は入らないよね…よし!」

つけ終わると机にまた視線を戻した。


「……すごい量…」

机にはたくさんの付箋があった。

机の横の壁を見ると、画鋲で紙がたくさん張ってあった。


「……あ!これ!私が読んだマンガだ!」

壁にはマンガの写真なんかも張ってあった。

マンガだけではなく、これまでにもらった服やゲームなどの写真もあった。


「…何のために写真なんか……………あれ?これって……」


1つだけ違う写真があった。

「これは…………」


その写真は公園の写真。

私が昔、お母さんとよく行った公園。


「…懐かしい……誕生日の時もこの公園で遊んだんだ…」

その公園の写真には、散歩してるおじいちゃんや犬と遊んでいる子供も写っている。


「……そうだ、この公園でミミちゃんをもらったんだ。お母さんが……くれたんだ…」

自然と頬が緩む。


お母さん……もうすぐ会える…



「……あれ?まだ写真がある……………」


私は写真をめくった。




そして固まった。







「………ぇ?…」


その写真に写っていたのはミミちゃんを抱き締めて笑っている私と、それを見て笑っているお母さん。

そしてお母さんのとなりにいるのは…


「………誰?」


私はお母さんの隣にいる男性を見つめた。

優しそうに笑っている。


「…これは…………」


私は男性の手を見て、胸が刺されたのかと思うほど驚いた。


「……親指に…………ほくろ……」


親指にほくろがあった。


知っている。

見たことある。


この手は知っている。



この手は……………………



「…………あいつだ。あいつの親指にもほくろがあった……ご飯を置くときに見えた……………」


私は写真を壁から取り、裏を見た。

『5月25日』

「………私の誕生日だ…………」

もう一度写真を見る。




「……お父さん?」


声がほぼ出なかった。


「お父さん!!!」


私はさっきかけた鍵を開けてなかに入った。


「お父さん!!お父さん!!」


入ると、あいつ…………お父さんはぐったり横になっていた。


体の回りには血がいっぱい流れていた。


私はそっと近づいてマスクとサングラスをとった。


マスクもサングラスも取れたその顔はあの写真の男性と同じ顔だった。



「…お父さん?………お父さんなの?………」
私は体を揺さぶってみた。


「…………ねぇ…」











「………は……………な…」


「!!お父さん!!!!」


私は思わず叫んだ。



「ゴホッゴホッ………………花菜……いま…お父さんって…」



「………お父さんなんでしょ…?………お父さんだよね…?………」


「…………………………お前は…………まだ……そう呼んでくれるのか……」


お父さんの目から涙が落ちた。


「ぉ…お父さんっ!!」

私は抱きついて泣いた。



あのときに気づけばよかった。



お父さんがミミちゃんと同じぬいぐるみを持ってきた日。

私はミミちゃんの妹だから、リリちゃんにしよう!と言って名付けた。


けれど次の日、お父さんは「気に入った?ミミちゃんと同じぬいぐるみ……」

ミミちゃんって呼んでいた。


「お父さんっ!お父さんっ!!…うぅ……ずっと…会いたかったぁ……ぁっ」


涙が止まらなかった。


ずっといないと思っていた。

私にはお父さんがいなくて、友達が羨ましかった。


「お父さん………ごべんなざい………私…お父さんを刺して…」


泣きながら謝った。

するとお父さんは私の頭を撫でた。


「……大丈夫………泣かないで…………まだ…………」


「…?まだ?」


「……………ゴホッゴホッ」

「お父さん!!待ってて、今救急箱を」

「いいよ、もういいよ。」


お父さんの声は優しかった。

「なんで!?だって!!」

「…たぶん…もう無理だから…………それより、俺が眠るまで隣にいてほしい。」


「…お父さん………」

涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになる。


「…ぅっやだよぉ……やだよぉ!やっとお父さんに会えたのに………死なないでよ!!……一緒に暮らしてよ!!」


「花菜……………」


「お父さんのバカ!!……死んじゃ嫌だよ!!ねぇ!!お願いだから………お願いだから………一緒に…………」

私には1つの夢があった。

絶対に叶わなくて憧れた夢があった。

「わぁぁぁぁっ!!お父さん!!お願いだから!お願いだから一緒に…お母さんと私と手をつないでよ!!!」


学校から帰るとき、お父さんとお母さんが子供と3人で手を繋いで帰っているのが見えた。


羨ましかった。


けれどそれは3人ででないと出来なかった。



「ねぇ!!お願い!お父さん!!」


「はな………ごめんな……俺が…あんなことしたから…」


お父さんも泣いた。


「お父さん!!お父さん!!」


私はお父さんにしがみついて泣いた。



「……花菜……………」


「お父さん!!お父さぁん!!」


「……花菜…………俺のことを…………まだ」


「お父さん!……うぅ…」


「……俺のことをまだ…お父さんって呼んでくれて……ありがとう…」


お父さんは笑った。

あの写真と同じような優しい顔で。


「お父さん!!!お父さん!!!お父さん!!!」



幸せそうな顔のまま、お父さんは眠った。

もう二度と起きない眠りについた。



私はずっとお父さんにしがみついて泣いていた。



何時間もそうしていた。


「……ごめんなさい…お父さん……痛かったでしょ…刺してごめんなさい…」






私はお父さんの頭を撫でた。