夏海達は、とうとう礼文に帰る日がきた。匠も美緒と一緒に、空港に見送りに来た。

「母さん、聡、いよいよ行くんだね。」


「うん、俺が民宿を、盛り上げて見せるよ。」


聡が言った。
夏海は、笑った。
夏海が、まわりを見渡したが颯太はいなかった。


「母さん、颯太は?来ないの?」


匠が聞いた。


「仕事の休みが取れれば、これるって言ってたけど…。」


夏海は、あきらめかけた。
その時、ロビーの向こうから、走ってくる颯太を見た。


「颯ちゃん。」


夏海は、駆け寄った。


「颯ちゃん、お休み取れたの?」


「うん、夏海が行く日には、何がなんでも来たかったから、仕事終わらせてきたんだ。」

「間に合って、良かった。」


「夏海、飛行機は何時?」


「11時15分発、稚内行き。だからまだ、1時間以上あるわ。」


「母さん、話しておいでよ。俺も匠達とお茶するから。」


「ありがとう、聡君。」


夏海と颯太は空港のカフェに入った。


「夏海、礼文まで、どのくらいかかる?」


「稚内着が、15時くらいだから、それからフェリーで2時間。だから着くのは、夕方ね。でも、天気が悪いと欠航になるの。」

「えっ?じゃあ欠航になったらどうするの?」


「そしたら、稚内 で泊まるわ。安い宿探して。笑。」

「大丈夫かい、夏海。心配だな。」

「大丈夫よ。今年は、暖冬だし…。」


二人は、他愛もない会話を続けた。
別れの時間は、容赦なく迫ってくる。


「夏海、ロビーへ行こう。」


颯太が、たまらずに言った。

二人は、ロビーまで歩いた。

空港の雑踏の中、颯太は、夏海を抱き締めた。


「夏海…、夏海…、忘れないで、僕はきっと礼文に行くよ。」


「颯ちゃん…私、待ってる。待ってるね。」


颯太の顔が、涙でにじんで見えない。


「颯ちゃん、顔が涙で見えない。」

「夏海泣くなよ、笑って。別れじゃあない。二人とも始まるんだよ、新しく。」


そう言う颯太の顔も、涙で濡れていた。