目を瞬かせるあたしをサンタさんは可笑しそうに声を立てて笑う。そしてネタばらしだと言わんばかりにその白い髭を取る。あれは耳に紐を引っ掛けるタイプのつけ髭らしい。

「俺っす。矢部っすよ。茉咲先輩」
「矢部っち!?」

つけ髭の下に現れたサンタさんの素顔。それは翔平とあたしの大学の後輩、矢部っちだった。

「あんた、何でサンタなんかに!?」
「仕事っすよ。仕事」

矢部っちはつけ髭をブンブン振り回しながら笑った。

「俺、大学時代のバイト先だった雑貨屋に就職したんすよ。で、今はクリスマス前ってことで、サンタの格好で接客っす」

あぁ、そうだ。矢部っちのバイト先は可愛らしい雑貨屋さんで、女友達の誕生日プレゼントなどは大体そこで買っていた。就職してからはお店が開いている時間に帰ることも少ないから、行くこともなかった。

「本気で誰か分からなかった」
「そりゃそうっすよ」

何度も言うが矢部っちは、大学の後輩。私と翔平が卒論でヒーヒー言っていた頃、常に留年ギリギリでテスト前の度に先生に泣きつきに来ていたのが、矢部っちだった。先生も面倒臭がって、この厄介な後輩を頭脳明晰な翔平に任せたのが始まりだ。

最初は嫌がっていた翔平も、この憎めない人懐っこさを持つ矢部っちをポイ捨て出来なかったらしい。あたしも矢部っちがいつも通う雑貨屋の店員だと気づいてからは、仲良くなった。

まぁ、あたしが卒業してからは全く会ってなかったんだけど。

「やっぱりというか、何というか。結局、矢部っちは理系分野には就職しなかったのね」
「そりゃ、俺が現役で卒業出来たのは21世紀最大の奇跡とまで言われたんで」
「9割方、翔平のおかげね」

大学院に進学した翔平はその後も彼の面倒を見て何とか4年間で卒業させたと聞いている。

「そうっすよ!翔平先輩には足を向けて寝れないっす」
「だろうねー」
「翔平先輩は茉咲先輩と同じ職場っすよね」
「うん。今やあたしの上司よ」

そして一応、恋人。たぶん。

「久しぶりに翔平先輩にもお会いしたいっすね」
「あたしはいつも会ってる」
「そうだ。3人で飲みに行きましょーよ」
「は!?」
「誘ってくださいよ〜。翔平先輩のこと」
「何であたしが!?」
「じゃ、これ貰います」
「ちょっ……!」

矢部っちは、あたしの手から懐中時計を奪う。さっき、矢部っちが届けてくれた大事な時計。

「返しなさい!」
「返して欲しかったら翔平先輩を呼んでください!」
「こら!返せ」

手を伸ばすのに、あたしより頭ひとつ分以上大きい矢部っちが懐中時計を自身の頭上でひらひらさせるから、届かない。

「翔平先輩」
「分かった!分かったから!」

仕方なくそう叫ぶと矢部っちはニヤリと笑った。