「矢部っち。お前、なんでここにいるんだ」

クールな翔平が驚いている。あたしの目の前にいる男性が後輩である矢部っちだとは思わなかったようだ。

「今から茉咲先輩と飲みに行く約束してたんす。茉咲先輩には翔平先輩も誘うように頼んだんすがね〜」

まぁそういうことなんだが、結局一言も誘えなかった。そんな話は聞いていないと無言で圧をかけてくる翔平から視線を外す。

「まぁ、翔平先輩が来なくても、茉咲先輩とクリスマスデートが出来るならいいっすけど」

矢部っちの挑発にあたしを抱きしめる翔平の腕に力がこもる。

「茉咲は俺の女だ。お前なんかに渡すものか」
「そんな睨まないで欲しいっす。冗談っすよ、冗談」

矢部っちがケラケラ笑う。これだけ翔平に睨まれているのに、笑えるとか、矢部っちは図太い神経の持ち主だな。意外と出世するかも、こいつ。

「それに俺のことなんて茉咲先輩は眼中にないっすからね。今日来たのはこれを返してほしかったからっすよね」
「それ!分かってんなら、早く返しなさい!」

矢部っちが取り出したのはあの日落とした懐中時計だった。
人質のように奪われたまま、返してもらっていない時計。あたしが手を伸ばせば矢部っちはあっさりと返してくれた。

「茉咲先輩。大切ならもう落としちゃダメっすよ。翔平先輩にもらった初めてのプレゼントなんすよね?」
「……分かってる」
「翔平先輩もちゃんと茉咲先輩を捕まえとかなきゃ、俺みたいなライバルにあっさり奪われるっすよ」
「お前がライバルを名乗るとか100年早い」

あたしが矢部っちと会ってただけであれだけ焦っていたくせに素直じゃない彼はそんなことを言う。矢部っちはそんな翔平先輩をケラケラ笑い、また呑みに誘うっす!と去って行った。