『The story of……』

一瞬息を呑んだわたしに気付くことなく、先輩の言葉は止まらない。



「ピアノが上手な人でね、幼稚園の先生になる為に放課後いつも練習していたんだ」



惹かれるべくして惹かれ合った二人は、先輩が十八になったら結婚する約束を結んだという。



その為に先輩はバイトに励み、彼女との将来を夢見ていた。



思い出の彼女の話は、女の子なら誰だって憧れそうなくらいロマンチックで……わたしの胸はズキズキと痛んだ。



「でもね、更紗(さらさ)……彼女は僕の前から居なくなってしまった」



「えっ……」



呟いた先輩の瞳は、二年前から弾かれることのなくなったピアノを映していた。



そこにはきっと、あの日のままの更紗さんが、居るんだ。



「女々しいだろ? 彼女が忘れられなくて……動けないんだ」


苦笑い混じりに呟いた先輩に、さっきとは違う胸の痛み。
キュッと締め付けられるような……この人を放っておけない気持ちがこみ上げてくる。