『The story of……』


「先輩、ここで何してるんですか?」



今は使われていない旧音楽室。
そこへ放課後、毎日自ら足を運んでいる先輩は何か理由があるのか……。



純粋に浮かんだ疑問を口にすれば、



「……何もしてないよ」


ふわっと優しい手のひらが頭を撫でた。


「…………」



やんわりとした拒絶。
優しい笑顔に誤魔化された。



「愛都ちゃんは、思ったことが顔に出易いみたいだね」



きっと納得出来ないって顔をしていたんだろう。
クスクスと笑う先輩に、思わず目を伏せてしまった。



「じゃあ、聞いてくれるかな? 僕がここから離れられない理由」



「……離れられない?」



きょとんとしたわたしに小さく頷いた九谷先輩は、静かに口を開く。



その表情から、視界からはわたしは消え、さっきまで見つめていた窓の外へと視線は移された。



「ここはね、思い出の場所なんだ」


「思い出?」


「……うん。高一だった僕と高三だった彼女との思い出」



(えっ……彼女?)



先輩の口から飛び出したのは、思いも寄らない相手の名前だった。