さっきから八木くんの視線は一切動かない。
目の前で幸せそうに笑い合う家族に、昔の自分を重ねているのだろうか……。
「それから生活は一変した。狭い家から無駄に広い家になって……忙しくなった父親はほとんど帰ってこなくなった」
お父さんと擦れ違いがちになったお母さんも、それを埋めるように自分の仕事に没頭していると言う……。
「生活が豊かになって、心が貧しくなった。手を伸ばせば何でも手に入るのに満たされない」
「八木くん……」
思わず握っていた手のひらに力を込めていた。
受け取るお弁当の数だけ……八木くんは心の隙間を埋めようとしていたのかもしれない。
「理事長の孫。そんな肩書き無視して説教してきたのはおまえが初めてだ」
ここで八木くんの視線が、ゆっくりとわたしに向けられた。
穏やかで……優しい色のこもった瞳。
「……恐いもの知らずだよね。あはは」
思い返せば、わたしってば偉そうにお説教しちゃったんだよね……。
もう、笑って誤魔化すしかなかった。
「それが新鮮だった。……肩書き無視して、俺を見てる人間が居るって」

