極上御曹司に求愛されています


「幼稚園の頃からピアノを習っていてね、やめるタイミングを見つけられずになんとなく音大を目指してたの。それなりに才能があったから、コンクールに出れば入賞していたし」
 
恵奈はさらりと言っているが、コンクールで入賞するにはかなりの努力が必要だ。
それこそピアノ以外にはなにもできないほどの練習時間を確保しなければならない。
杏実のそんな様子を長く見ていた芹花は、軽く言葉にする恵奈の努力を想像し、改めてすごい人だなと感じた。

「私もね、発表会やコンクールのドレスは母が作っていたのよ。家具屋もなかなか経営が厳しい時期でね、ピアノを習わせるのも大変だったから。芹花さんの妹さんと同じなの」
「じゃあ、桐原さんは音大を卒業したあとデザインの勉強をされたんですか?」
 
今ではデザイナーとして有名な桐原恵奈。
音大を出たあとどんな道筋を経て今に至ったのか、芹花は興味がわいてきた。
すると、恵奈は苦笑し「それが違うのよ」と肩をすくめた。

「私ね、受験会場に行く途中で気が変わって、音大の受験をさぼっちゃったの」
「さぼったって、受験しなかったってことですか?」
「そうなの。親不孝な娘よね」

あっけらかんとそう言って笑う恵奈に、芹花は言葉を失った。
もしも杏実がそんなことをしたら、両親はどれほど驚くだろう。
想像もできない。

「ふふっ。驚いたわよね。私もその時、どんな顔をして家に帰ればいいんだって悩んだもの。だけど、私の衣装を作ってくれる母の姿を見続けるうちに、服飾に興味が湧いてきて、結局その思いに従うことにしたってわけ。ほんと、若い時って後先考えずになんでもできるものよね」

なんてことのないようにそう言っているが、当時の彼女は相当悩んだだろうと芹花は想像する。