「じゃあ、俺は芹花の大切な土曜の休みをもらったってことか」
「あげたつもりはないんですけど」
呼び捨てにされることに慣れない芹花は、運転席の悠生の横顔を見ながらふっと息を吐き出した。
悠生が運転する車は、比較的空いている大通りを順調に走っている。
芹花が急いで準備を終え、マンションの一階のカフェに行った時、悠生はコーヒーを飲みながら常連さんたちとにこやかに話していた。
何種類かあるモーニングのメニューの中でも千奈美が作るパンケーキはおいしいと有名で、これを目当てに早起きをしてやってくる客は多い。
悠生も例に漏れず、まだ食べたことがないパンケーキを楽しみにしていたのだが、限定二十食には間に合わず、食べられなかったのを心底悔しがっていた。
「少なくともあと一時間は早く来ないとパンケーキは食べられませんよ」
「だよな。だったら芹花の部屋に泊めてもらえば確実ってことか。起きてすぐ下に下りればいいんだからな」
「私の部屋?」
「そう。パンケーキに備えて前泊。大吟醸の手土産付きでどうだ?」
「どうだと言われても……」
明るく話す悠生を、芹花はまじまじと見る。
大吟醸は魅力的だが、まさか本気ではないだろう。
そう思いながらも悠生が自分の部屋に泊まる夜を想像し、脈が速くなったような気がした。
芹花の部屋に入ったことがある男性は父と修だけで、就職してからは修が芹花の部屋に立ち寄る機会もめっきり減っていた。
男性が来ることがほとんどない芹花の部屋に悠生が来れば、緊張して逃げ出したくなるに違いない。
どう答えるのが正解なのかわからないまま、芹花は「前泊……パンケーキ」と何度か口にした。
すると、そんな芹花の様子をチラリと横目で見た悠生は、くくっと笑った。

