画面には木島悠生と表示されている。
悠生からの思いがけない電話に慌てた芹花は、鳴り響く音に急かされるように電話に出た。
「もしもし? あ、あの」
『おはよう。そろそろ起きてるかと思って電話したんだけど』
「はい、起きてました。でもまだベッドの上なんですけど。……あ、ベッドってそこまで言うこともなかったですね」
ベッドなんて言葉を口にして、芹花は焦った。
スマホからは、悠生がクスクス笑う声が聞こえ、顔が熱くなる。
『もしかして、俺ってベッドの上に誘われたのか?』
悠生はからかうようにそう言った。
『ちょうど芹花の部屋の下にいることだし、すぐに駆けつけるけど?』
「え、下?」
芹花はベッドから飛び降り、部屋のカーテンを勢いよく開けた。
窓を開けて下を覗けば、カフェの駐車場に停めた車に体を預けた悠生が、スマホを耳に当て手を振っていた。
「な、なんで、ここにいるの?」
「早く着替えて降りてこい」
「あの、どうしてここに? 約束してました?」
三階の窓からスマホではなく直接問いかける芹花に、悠生は肩をすくめた。
『約束はしてないけど、まだスマホの代金分の弁償は終わってないから気になって気になって』
「は? それはもう、昨夜食事をごちそうしてもらって終了しましたよ」
『細かいことはいいから、とりあえず準備して降りてこい。それまで千奈美さんご自慢のパンケーキを食べて待ってるし』
「細かいことって言われても全然細かくないし、それにあの、今日は披露宴で着る服を買いに行こうと思ってるので……」
『ああ、昨日言ってた元カレの披露宴? だったら、弁償の残りはそれで決まりだな』
「決まり?ってあの?」
芹花は悠生の言葉が理解できず、口ごもった。
『車でどこにでも連れて行くから早く降りてこい。待ってる』
「あの、待ってるって言われても、それにこれ以上弁償は必要ないんですけど……え、切れてる」
焦る芹花を無視し、悠生はさっさと通話を終了して一階の店に入っていった。
姿が消える瞬間、ニヤリとした笑顔を向けられた芹花は、自分がカフェに行くまで本当に帰らないのだろうかと不安を覚え、バスルームに急いだ。
そして、昨夜から続く思いがけない展開がまだ終わっていないことに心が弾むのを、認めるしかなかった。

