「ないです。もちろん、別れてすぐは落ち込んだけど。それは、突然礼美に心変わりされた悔しさというか、自分は愛される価値のない人間なのかなって悲しくなって……」
「だったら」
悠生は芹花の言葉を遮ると、自然な動きで芹花の頬を撫でた。
「な、なにを……」
驚いた芹花の頬はあっという間に桃色に染まったが、悠生は気にすることなく芹花を壁際にじりじりと追い詰めた。
「あ、あの、木島さん? どうしたんですか?」
芹花は自分の頬に置かれ悠生の手から離れようとするが、その力には敵わない。
いつの間にか壁に押しつけられた身体は身動きが取れず、目の前には悠生の端正な顔があった。
「木島さん、お酒に酔っちゃいましたか? い、いったん離れましょう」
裏返った声で諭すようにそう言っても、悠生はニヤリと笑うだけで、離れる気配はまるでない。
それどころかさらに距離を詰めた。
「あれくらいの酒で酔うほど弱くない。それに、木島って呼ばれたくないって教えただろう? で、俺のことは、なんて呼ぶんだ?」
甘すぎる声が耳元に落とされ、芹花の体は力なく崩れた。
そしてそのまま倒れるように壁に体を預けた。

