裁判所から徒歩圏内に事務所を構える「三井法律事務所」は、大手法律事務所として有名で、企業法務や知的財産、そして環境問題の分野では国内トップの評価を受けている。
その一方で、企業以外の個人からの依頼を引き受けることも多い。
〝生きやすい人生を手に入れるサポートをすることが、弁護士の存在意義〟
事務所のトップである三井のその言葉を入所式で聞いたとき、芹花の心は大きく震えた。
美術大学を卒業し、法の知識などまるでない芹花が事務所に就職するきっかけとなったのは、この三井との出会いがあったからだ。
子どもの頃から絵を描くのも見るのも好きで、その思いの延長に美大入学という夢があった。
けれど、全国的に名前が知られているとはいえ地方の食品会社の工場に勤務している両親が美大の授業料を用意するのは簡単ではなかった。
それに加えて予備校の費用も必要で、芹花の希望を叶えるための費用はかなりのものだった。
その現実に躊躇し、美大進学をあきらめようとしたこともあったが、両親は残業を増やし学費を用意してくれた。
二人のその思いに応え、無事に美大に入学した芹花だったが、絵を多少上手に描けても、そして一生懸命努力をしても、卒業後美大で学んだことをそのまま生かして食べていけるほど現実は甘くなかった。
広告関連会社やデザイン事務所、出版会社など、ありとあらゆる企業の採用試験を受けたが大の苦手である面接で手ごたえを感じたことはなく、ことごとく落ちた。
そして、同級生たちが次々と内定を手に入れる中で、芹花は自分のふがいなさに落ち込んでいた。