「とっとと芹花を離さないと、来週一週間のテレビとネットは御曹司の熱愛報道で盛り上がることになりますよ。まあ、ここまでおいしい写真を撮らせてるんだから、手遅れだってわかってるんでしょうけど」
「そうだよな。もう手遅れ。来週どころか三十分以内にはこの芹花のキレイな姿がネットに登場するはずだ」
「登場って、あの」
 
どこかそれを楽しみにしているような悠生に、芹花は慌てて体を起こした。

「どうしよう、楓さんと生方さんに迷惑が……」
 
悠生に肩を抱かれたまま、芹花は呆然とする。

「心配するな。マスコミにはそれなりに慣れてるから、ちょっと利用した」
 
悠生は小声でそう言って、自慢げに笑みを浮かべた。

「利用って……」
「利用っていったい何をしたのよ。ただでさえ芹花はマスコミに追われて大変なのに、これ以上振り回さないで」
 
悠生の言葉に神経質に反応した綾子は、辺りを気にしながらも強い口調でそう言った。
芹花は綾子に「私は大丈夫だから」と言って彼女を落ち着かせた。
けれど、この状況は本当にまずいのだ。
早く編集部の人が待っている部屋に行って着替える必要もある。

「サイン会場にはマスコミの記者の人が大勢来ていて、木島さんのが現れればそれこそ大騒ぎで収拾がつかなくなると思うので……」
 
残念だがここで一旦離れたほうがいいと、芹花が口にしようとした時。
悠生はニヤリと笑った。

「大丈夫。俺と芹花が婚約したこと、さっき父親の名前でマスコミに発表したはずだから、そろそろネットがざわつくはずだ。だから、俺が一緒にいても全然気にすることはない。それどころか、俺が見守っているほうが、芹花も安心してサインを書けるんじゃないのか?」
 
悠生は芹花の顔を覗き込むと、なんの躊躇もなくキスをした。

「は? マスコミに発表したんですか」
 
両手を唇に当て、芹花は目を見開いた。
周囲からは「きゃー」という悲鳴ににも似た声が再び上がる。
芹花も叫びたいほど驚いている。

「い、今何を……って、キスですけど、どうしてこんな人前で」
「婚約記念ということで、いいんじゃないか? 俺、かなり幸せだし」
 
芹花の頬を指先で撫でながら、悠生は満面の笑みを浮かべた。
芹花も綾子も、そして周囲の人たちも、悠生のあまりにも幸せそうな表情に見とれ、口を閉じた。

「楓さんには申し訳ないけど……私も幸せ」
 
芹花は悠生の熱がまだ残る唇に手を当てながら、つい本音を呟いた。
心では仕方がないと納得していても、悠生が楓と恋人同士であると見せかけるのは嫌だった。たった半年の辛抱であり、すでに木島家では芹花は悠生の婚約者として認められているが、それでも心は苦しかった。
だから、どういう理由で成市が婚約を公にしたのかもわからず、それによって楓たちにどんな影響が出るのかと考えれば不安だが、やはり嬉しいのだ。
嬉しい反面、木島家ほどの名家であれば、マスコミへの発表の前に親戚への挨拶や報告を済ませなければならないはずで、そんなあれこれも気がかりなのだが。
もしかしたら、そんなすべてをひっくるめて、無理を承知のうえで発表だったのかもしれないと、芹花は感じていた。
けれど、嬉しく、幸せな気持ちに嘘はつけない。