日曜日、母親が運転する車ででホテルに着いた芹花は、地元で唯一のホテルというのは、子供の頃からの思い出の殆どが詰まった特別な場所だなと思った。
親戚や友達の結婚式はすべてこのホテルで行われ、いつかは自分もここで三々九度をするのだと信じていた。
悠生との未来を信じる今となっては、それは無理だとわかっているが、やはり寂しさも感じた。
「足元がおぼつかないけど、大丈夫なの? 都会で働いてるわりに、ハイヒールがしっくりこないのね」
ため息まじりの母に、芹花は苦笑した。
「それに、ノースリーブなんて芹花の雰囲気じゃないわよ。襟元だってキラキラしすぎて目が痛くて仕方がないわ」
芹花の母は、朝から何度も同じ言葉を繰り返している。
いよいよ礼美と修の結婚式当日を迎え、芹花は朝一番の新幹線に乗って実家に帰ってきた。昨夜のうちに帰ってくる予定だったのだが、仕事が終わらず新幹線に乗れなかったのだ。
「私が作ってあげたワンピースを着れば良かったのに、本当、昔から一人でなんでも決めて、かわいくないんだから」
文句が止まらない母とロビーを抜けながら、芹花はちらりと母を見る。
結局、芹花の母は自分が仕立てたワンピースを芹花が着ないことに腹を立てているのだ。
お見合いのためにと母自ら生地を選び時間をかけて作り上げたワンピースだが、芹花はお見合いを断固拒否した。
だったら礼美の披露宴で着たらいいと母は言ったのだが、すでに悠生が買ってくれたドレスがあり、芹花がどちらを選ぶのかは悩むまでもない。
悠生が買ってくれた淡いパープルのドレスを着た芹花はとても美しく、杏実は憧れの桐原恵奈のドレスを自分よりも先に着ている姉をかなり羨ましがっていた。
これまで桐原恵奈の作品を参考にしながら杏実のためにドレスを作ってきた母は、そんな杏実を見ていっそう機嫌を損ねた。
おまけにそのドレスは恋人が買ってくれたと話す芹花の照れた顔がとどめとなり、母はとことん不機嫌になってしまった。
声をかけてもツンと視線を逸らしまともに話そうとしない母を面倒だなと思うが、突然恋人の存在を知らされ、その恋人というのが今世間を賑わせている一流企業の御曹司だとなれば、心穏やかでいられるわけがない。
母が芹花のことを心から案じているのがわかるだけに、芹花も母の厳しい言葉をおとなしく聞いている。
『娘の恋愛の詳細を週刊誌やネット情報で知らされる母の居心地の悪さを考えてみなさい』
母が電話でそう叫んだ時、芹花はもちろん申し訳ないと感じたのだが、母にここまで怒鳴られたことは今までなかったと気づき、妙に嬉しかった。

