広い悠生の実家では、家族が待ち構えたように笑顔を浮かべていて、二人は、鈍い光でライトアップされた庭に面した和室に通された。

「今日は突然来てもらって申しわけないね。悠生の父の成市です。そして、母の緑」
「初めまして。今日はお招きありがとうございます。あの、突然のことで何も準備していなくて、本当にすみません。日を改めてまた手土産かなにか、お持ちします」
 
芹花はそう言って、額が畳に触れるほど頭を下げた。
急に決まった訪問に慌てていた芹花は、手土産のことをすっかり失念していたのだ。
恋人の実家への初めての訪問だというのに、失敗してしまったと落ち込んだ。

「あら、そんなの構わないのよ。どうせ悠生が何も事情を話さず車に押し込んでここまで連れてきたんでしょう?」
 
おっとりとした声が広々とした和室に響き、芹花はおずおずと顔を上げた。
まるでその場を見ていたかのように話す緑に、芹花は目を瞬かせた。

「気を使わなくていいから。あら、とても可愛らしいお顔をしてらっしゃるのね。目がとても綺麗だわ。法律事務所にお勤めだと聞いているけれど、むさくるしい先生方のお相手は大変でしょう? 実は私の兄も弁護士なのよ。勉強ばかりしていて何が楽しいのかしらって不思議だったんだけど、とてもお美しい女優さんと結婚して今では孫が三人の幸せなおじいちゃんなの。そうそう、三井先生ともご縁があってね、兄と先生が連れ立ってゴルフにも出かけることがあって。そのときにね……」
 
流れるように話し続ける目の前の緑に芹花は目を丸くした。
国内最大ともいえる企業グループの社長夫人は、こうも明るく弾けているのかと、新しい世界に迷い込んだ気分だ。
緑は綺麗なブラウンの髪を低い位置で一つにまとめ、南天のような赤い飾りがいくつかついたかんざしを無造作に差している。
色白の肌に赤い紅が良く似合っている。和服美女という言葉がぴったりだと感心するが、どのタイミングで相槌を打てばいいのかもわからず、隣に座る悠生に視線を向けた。
悠生は小さくため息を吐き、面倒くさそうな表情で緑を見る。

「母さんが芹花と話したいのはわかるけど、しばらく黙ってて。びっくりしてるだろ。芹花は母さんと違って社会性と常識があるんだ。相手に話すタイミングを与えずに話し続けるなって父さんにも言われてるだろう」
「まあ、それじゃあ私に社会性と、えっと、常識がないみたいじゃない」
「あると思ってるのか? 世の中は父さんが話すことだけを基準に動いているわけじゃないからな。ちゃんと相手の話を聞いて、空気を読めよ」
「またわけのわからないことばかり言って、自分は賢いって自慢するのね。いいわよ。なにも言わないわ。私にだって常識はあるもの。……あ、そういえば、今日経団連の副会長の奥様がいらっしゃったときにいただいた羊羹があるのよ。芹花さん、羊羹はお好きかしら? よかったら千春さんと三人でいただきましょうよ。男性たちはいつも内緒話ばかりで意地悪だもの。そうしましょう」
 
悠生の母は、両手を叩いてまるで少女のように笑った。