「結局、木島君を喜ばせるだけだったとは……あ、言っておくが、天羽さんはうちの大事な戦力だから、結婚退職なんてまだまだ認めないからな」
 
裁判でも聞くことのない荒々しい声で木島を睨んだ三井に、芹花は慌てる。

「あの、私は結婚なんて、まだ考えてませんから」
 
考えてもいないことを言われ、思わず声も裏返った。

「はあ? それは困る」
「困るって、あ、あの、悠生さん?」
 
芹花の言葉に大きく反応した悠生が素早く彼女の手を取った。

「あれだけ俺のことが好きだって熱烈に告白したっていうのに結婚は考えてないって。芹花のほうが俺のことをもて遊んでるんじゃないのか?」
「え……熱烈に告白って、あ」
 
芹花は自分が三井と甲田に言い放った言葉を思い出した。
途端、体中が熱くなる。

「え、えっと、あれは悠生さんのことが誤解されてるから思わず言っちゃって」
「思わずってのは本音ってことだからな。今更あれは嘘だとは言わせない」
 
芹花の手を掴む悠生の手に力が入った。
何が何でも芹花を逃がさないという悠生の思いが伝わるようで、芹花は「へへ……」と力の抜けた声で息を吐いた。
悠生と連絡が取れずにいたここ数日、無意識に抱えていたストレスから解放されたのだろう。

「あの、ここに私たちがいるってわかってる?」
 
突然、二人の様子を眺めていた甲田の鋭い声が響いた。

「いちゃつくなら向かいの会議室でじっくり話し合ってからにして。この写真のことと、これから起こるであろう面倒なこと全部、天羽さんに納得してもらわなかったら私も三井所長も……というより、三井法律事務所の総意として付き合いは認めません」
 
まっすぐ立てた人差し指を悠生に向け、甲田は高らかに宣言した。
三井も同意するように頷いているが、悠生は動じることなく「承知しました」と答えた。