「飲みにでも行くか? つきあうぞ」
心配する橋口の誘いに、芹花は「今日はやめておく」と答えた。
おいしいものを食べて気持ちを上げたいのはやまやまだが、今はそんな気分でもない。
ただ、悠生と楓の記事に驚いているのはたしかだが、芹花を好きだと言って優しく抱いた悠生を疑う気持ちにはなれない。
昨日の晩も夜の遅い時間に電話があり、年末まで仕事が立て込んでいると疲れた声で言っていた。
とりとめのない事を話す最中にも「会いたい」「芹花が好きなんだ」という甘い言葉を照れもせず放り込んでくる悠生に、真っ赤な顔で照れたのは芹花の方だ。
お互いの気持ちを確認して互いの体温を知れば、それまで以上に悠生は自分の愛情を芹花にぶつけてくるようになった。
芹花の母親がセッティングしているという見合いのことにも神経質になっていて、自ら芹花の実家に出向いて断ろうかとまで言い出す始末。
もちろん、そんなことをすれば話が余計にややこしくなると言って芹花は断ったが。
ただ、芹花の母親は本気で見合いをさせようと思っているようで、今朝電話で改めて断った時にも聞く耳を持たなかったのだ。
いざとなればお見合いをすっぽかすつもりではいるが、芹花の悩みは尽きない。
そこまで考えて、芹花は両親に歯向かったり、大切な約束をすっぽかすなんてこと、今まで考えたこともなかったと気づく。
悠生に好きだと言われて少しずつ変わってきた自分が、不思議と心地よくもある。
だからこそ、悠生が自分を裏切っているとは思えない。
もし裏切っていたとしても、よっぽどの理由があっただろうし、悠生の中にも葛藤があったはずだ。
「天羽? 相変わらず妙な顔をしてるけど、ひとりで帰れるか?」
相変わらず芹花を心配している橋口に、芹花は顔をしかめた。
「妙な顔じゃなくて、恋に悩むはかなげな顔とでも言って欲しいんだけど」
敢えて強い口調でそう言った芹花は、軽く橋口を睨む。
「悪い悪い。だけど、最近の天羽からはかなげな印象はなくなったな。ちょっと前まではいつも不安そうで自信もなくてさ。それこそサイン会なんて絶対にしなーいって逃げてたのに、今じゃ昼休みにはサインの練習に励んでるくらいだし」
「あ、見てたの? 恥ずかしいからこっそり練習してたのに」
芹花は照れて顔を真っ赤にした。
これまでサインなんてすることのなかった芹花は、サイン会に備えてサインを考え、こっそりと練習しているのだ。
それを橋口に見られていたとは恥ずかしくてたまらない。

