両親が一生懸命働いて高い学費を用意してくれたことが、芹花に絵を描くことをやめるという選択肢を奪っていたのだ。
休日出勤を重ねながら得た給料の多くを芹花と杏実のために使ってくれる両親のありがたみがわかるだけに、身動きが取れずにいた。
けれど、そんな悶々とした学生生活を続けるうちに、長く結果を出せない人は自分以外にもたくさんいることに気づいた。
美大に入ったからといって、将来が約束されたわけではない。
美大で学ぶ学生たちの多くは美術関連の仕事に就かず別の仕事に就いている。
その現実を知った時、芹花は目が覚めたような気がした。
絵にこだわらなくてもいいのかもしれないと思ったのだ。
そのせいか、就職活動の時には美大で学んだことを生かした職種に就けないことにそれほどの焦りはなかった。
そして、絵に関係のない分野にも就職活動先を広げなければと考えた時には、何故かホッとした。
うまく絵を描かなくてはいけないと必死の思いで絵を描き続け、それを楽しいと思えなくなった自分に素直に向き合えば、杏実と比べられる苦しさからも解放されたような気がした。
けれど、運命というのは不思議なもので、絵から離れた自分の人生を楽しもうと思ったそんな時に、三井と出会い就職が決まった。
イラストがきっかけとなり足を踏み入れることになった法律の世界。
完全に絵から離れることはできなくなったが、自分がそれまで知る事のなかった世界は新鮮で、自分がどれほど偏った知識しかなかったのかを自覚した。
そして、絵以外の仕事でも事務所に貢献しなければと決意しての資格取得だった。

「今、仕事が楽しいんです。弁護士さんのお手伝いですけど、ようやくスムーズに処理できるようになったし知らないことを知る喜びも知って、充実してます。ただ、やたら忙しくてほかのことができなくなっちゃいましたけど」
 
忙しい時期は終電帰りが続き、プライベートは後回しになる。
それだけでなく、仕事の進め方にも工夫が必要だ。