「昼寝している子供と犬は、地元の友達の子供と飼っている犬。旦那さんは宮大工さんで、格好良くて。友達の幸せそうな様子を絵にしたんです」
「俺もあの絵を見て、子供の頃に飼っていた犬を思い出した。両親よりも俺と兄さんのことを見守ってくれたんだよな。長生きしてくれたし」
 
悠生は懐かしそうな表情を浮かべた。

「老衰で死んだ時からずっと寂しくてさ、いい年した大人が思い出すたびつらくて鼻の奥が痛いなんておかしいだろ。だけど、芹花のあの絵を見てからは、楽しかったことばかり思い出す」
「それは……良かったです」
 
ふふっと笑った芹花は、頬に添えられた悠生の手に自分の手を重ねた。

「私の絵が役立って良かった。スキーに行っちゃった女性の方にも、機会があったらお礼を言っておいてください」
「いや、お礼を言われるのは芹花の方だ」
「は?」
「スキー場で転んだ彼女を助けた男性と、先月結婚した。今は幸せな新婚さん」
「そうなんですか。わあ、すごいですね」
 
驚きの声を上げた芹花に、悠生は「すごいよな。縁があったんだな、きっと」と答えた。
そして、すごいすごいと口にする芹花をゆっくりと抱き寄せた。

「悠生さん……?」
「ほかにも芹花の絵が好きな人は大勢いるはずだし、その人を幸せにしてるかもしれない。だから、賞なんてどうでもいいし、お母さんがどう思っていても関係ない。泣く必要もない」
「はい……そうですね。わかってるんですけど」

耳元に響く悠生の言葉に、荒れていた芹花の心は落ち着きを取り戻していく。
杏実のピアノの才能に対抗するように絵を描き、自分はピアノはダメだけど、絵なら結果を出せると意気込み美大に進んだ。
自分に向いているのか、そして自分が本当にやりたいことなのかを考えることなく絵を描き続けた。
もちろん、絵を描くことは好きだし、思うような結果を出せなくても、芹花が絵を嫌いになることはなかった。
それでも、いつも迷っていた。
才能がないから結果を出せないのか、それとも、結果を出すほど絵を好きなわけではないのか。
悩みながらも絵を描き続けるしかなかった。