「それなりにマスコミで騒がれてる俺のことも知らないどころか知ってもスマホの弁償すらさせてくれない珍しい女だよな」
呆れた声でそう言った悠生は「そんなところに惹かれる俺も珍しい男だな」と呟き肩を揺らした。
「本当に珍しいですよ。私みたいな、特にこれというものも持たない女を好きだっていうなんて。楓さんみたいな、それこそ世間の誰もが憧れるような女性と付き合ってきたのに」
芹花の声が次第に小さくなる。
「これというものなら絵があるだろ? もうすぐイラスト集が店頭に並ぶのに、それはどうなるんだ?」
「イラスト集は、たまたまHPと黒板メニューに私の絵を描く機会があって、SNSで広まったからで、運が良かっただけです」
たとえ絵を多少上手に描けるとしても、自分はこれという強みを持たないことを、芹花はよくわかっている。
「母さんがさっき言ってたとおり、美大に入っても賞を獲ることもできないしパッとしなかった。杏実がピアノで注目されるから、ただ張り合いたくて絵を描いていたようなものだったから、結果が出なくても当然です」
そう言って、芹花はがっくりと肩を落とす。
悠生は力を抜いた芹花の体を抱き止めた。
「俺は絵心が皆無だから絵の良し悪しも、賞を獲ることの価値もよくわからないけど。芹花が描くイラストは毎月楽しみにしてる。うまそうな寿司の絵とか犬と並んで縁側で昼寝している子供の絵とか、その中に生活音が閉じ込められているようで色々想像もしたし」
「生活音……?」
芹花はおずおずと顔を上げた。
「寿司を握る職人の手さばきとか、気持ちよさそうに犬がしっぽを振った時の空気の流れる音とか。そういえば、うちの銀行の女の子は雪山のイラストを見た時にゲレンデを颯爽と滑るイケメンを想像していてもたってもいられなくなったらしくて、その週末スキーに行ってたっけ。それくらい、芹花のイラストは想像力をかきたてられて楽しめるんだ。ある意味賞を獲るよりすごいと思うけど」
それ以外にも思い出すことがあるのか、悠生は「そういえば……」と面白おかしく芹花のイラストについて話した。
その内容はどれもが芹花のイラストを楽しんでいる人にしかできない話で、芹花はその都度「うん、ありがとう」と呆然と答えていた。
イラストに注目してくれる人が多いのは事務所のサイトへの書き込みや出版社の人の言葉から知っていたが、具体的に聞いたのは初めてだ。

