『お見合いのことだけど、今どき振袖ってのは流行らないでしょう? こっちでちゃんとした服を用意しておくから、心配しなくていいわよ』
 
芹花の言葉を遮り、母親は早口でまくし立てる。

「母さん、だから……」
『明日も仕事でしょう? もう遅いから切るわね。とにかく、杏実のことをこれ以上気にかけることはないから、お見合いの日まで、体調を整えておくのよ。じゃあね』
「あ、母さん、もしもし……切れてる」
 
芹花は悠生の胸にしがみついたまま、唇をかみしめた。目の奥が熱くなり、再びこぼれ落ちそうな涙をこらえる。

「仕送りしてたんだな」
 
悠生は落ち着いた声でそう言うと、しがみついたままの芹花の体を抱き起した。

「目が真っ赤だ。いつものかわいい顔もいいけど、好きな女の泣き顔はたまらないな」
「たまらないって他人事みたいに言わないでください。……え、好きな女?」
 
悠生がいつもと変わらない声でとんでもないことを言ったような気がして、芹花は黙り込んだ。
聞き間違いだろうかと思い「好きな、女?」ともう一度繰り返した。

「そう、好きな女」
 
今度こそ、聞き間違いではない。芹花は瞬きを繰り返した。

「でも、楓さんが」
 
芹花の口から出たその名前に、悠生は眉を寄せた。

「なんで楓の名前が出て来るんだ? ここは私も好きって言って抱き合うところだろ」
「好きって、どうしてばれて……あ、ちが……わない、けど。でもこんな時に」
 
真っ赤な顔で芹花は焦る。
悠生は今でも楓のことが好きなのだろうかと悩んでいたが、きっぱりと否定された。

「たしかに昔、楓とは付き合っていたけど、お互いに目指すものが違うと気づくのは早くてすんなり別れたんだ。その時に気持ちの区切りはつけてるし今は何とも思ってない。モデルの仕事が順調でよかったと思うけど、それだけ」
 
淡々と話す悠生は、ごまかしているようには見えない。
芹花は悠生の腕の中で姿勢を整えると、恥ずかしさをこらえ、悠生を見上げた。

「あの、私を好きって本当ですか?」
「ああ。絵にしか興味がないかと思えば終電帰りになるほど仕事も一生懸命。資格試験にも合格する頑張り屋だし」
 
優しい声でそう言った悠生は、何度も涙を拭って赤くなった芹花の頬を、指先で撫でる。
そしてそのまま手のひらで彼女の頬を包んだ。