「突然言われても困るし、仕事も別にやりたくないわけじゃないし」
『あら、無理しなくていいのよ。美大に行ってもとりたてて実績を残したわけじゃないし今も絵で生活しているわけじゃなし。結婚して趣味で絵を描くくらいが芹花にはちょうどいいんじゃない? ちょうどね、芹花にどうかって話が来てるのよ』
母親の押しの強さには慣れているが、自分のことを完全に諦め、残念な娘だとでもいうように言われることには慣れることができない。
両親は、美大に入った芹花がいつかは大きな賞を獲るだろうと期待していたが、賞どころか卒業するだけで精一杯だった彼女をあきらめるのはあっという間だった。
杏実のピアノの才能がずば抜けていたせいで、子供の頃から芹花への期待は薄かったが、法律事務所に就職が決まった途端、期待は完全になくなった。
両親の興味は完全に杏実だけに向けられるようになったのだ。
『礼美さんの結婚式の日に帰ってくるでしょう? その翌日にお見合いの予定でいてちょうだい。お相手は高校の先生で、見た目も抜群。期待していいわよ』
「そんな、困るから。お見合いなんてしないし」
『どうして困るの? 仕事も、別に芹花が辞めたって支障ないでしょう。法律事務所っていっても単なる事務なんだし。代わりはいくらでもいるわよ』
母は昔から思ったことをそのまま口にする人だった。芹花は顔を歪めた。
「それはそうかもしれないけど。私だってこっちでの生活があるから」
疲れたようにそう言って、頬に残っている涙を手の甲でぬぐった。
「杏実にはおめでとうって言っておいて。それと、お見合いは」

