極上御曹司に求愛されています


杏実の音大合格はもちろん嬉しいし、彼女のこれまでの努力を考えれば当然かもしれないが、覚悟していた以上に芹花の心は荒れている。

『音大に入っても必ずプロになれるわけじゃないし、成績次第で学費免除も取り消されるけど、杏実には才能があるし、努力家だもの。初志貫徹でピアニストになるはずよね』
「初志貫徹……」
 
そう呟いた芹花は、自分のこれまでを振り返り、きゅっと唇を結んだ。
その途端、彼女の足元に水玉がいくつか浮かんだ。
芹花は、それは自分が流した涙だとわかり、慌ててしゃがみ込んだ。
指先で何度も水玉をなぞって拭きとろうとするが、水玉は増えるばかりだ。
その時、どうしようどうしようと、必死で涙の跡を消そうとする芹花の手を、悠生が掴んだ。
芹花がハッと視線を上げれば、悠生が心配そうに芹花を見つめていた。

「あ……あの」
 
芹花と同じようにしゃがみ込んだ悠生は、掴んだ芹花の手をそっと引き、抱きしめた。

「あ……」
 
芹花はスマホを耳に当てたまま、悠生のなすがままに抱きしめられる。
その間も涙は流れ、悠生は芹花の背中をポンポンンと励ますように叩く。
もぞもぞと動いた芹花は、悠生の胸に顔を押しつけた。
芹花の手からスマホがカーペットの上にゆっくりと落ちたが、悠生が拾い上げ、画面をタップした。

『芹花どうしたの? 聞いてる?』
 
悠生がスピーカーモードにし、母の声が部屋に響いた。

「うん、聞いてる」
 
泣いているのがばれないよう、芹花は声を作って答えたが、彼女の様子に母親は気づくこともない。

『あのね、杏実の大学の授業料の心配もなくなったし、芹花はこっちに帰ってきてもいいわよ』
「え、帰るって、どうして?」
 
母親の言葉に、芹花は悠生のシャツをぎゅっと握りしめた。

『だって、今も杏実のために仕送りをしてくれてるけど、学費なら杏実が自分の才能でクリアしたし、芹花がやりたくもない仕事をしてお金を用立てる必要はないのよ。絵の勉強をするために大学に行ったのに、結局お仕事にできなかったでしょ? だったらもうこっちに帰ってきてお見合いでもしたらどう?』
「お見合い? そんなの無理に決まってるでしょ」
 
予想外の言葉に、芹花は身を起こした。