「うちの慧太先生ってのは何度聞いてもイラっとくるけど。その記事を読めば、慧太先生は魅力的だな。弁護士の存在意義を自覚していて、格好いい。キレイごとだと言われても弱者の側に身を置いて力を尽くすなんて、普通は照れくさくて言えないだろ」
「たしかに慧太先生は格好良くて素敵なんですけど、悠生さんだって私のことをかわいいなんてことを……」
 
どうして照れくさがらすに何度も言うのかわからないと、芹花は心の中で呟いた。
今に始まったことではないが、芹花は悠生の極甘な言葉と仕草に振り回されている。
その時、悠生の指が頬を滑り、芹花はびくりと体を震わせた。
久しぶりに悠生と会って緊張していたが、その気持ちを隠すように食べて飲んで話していたというのに。
その努力はあっという間に消えた。
新聞を持つ手に力が入り、紙面にしわができる。
大切に保存しようと思っていた芹花は残念に思ったが、写真ではなく本人が目の前にいて、その体温をじかに感じているのだ。
仕方がないと、諦めた。

「その記事のおかげで、銀行に手紙が届いてるらしいけど。HPに俺宛ての書き込みも結構あるらしくて広報から嫌味を言われた」
「あ、うちの事務所も似たようなものです。慧太先生への激励メっセージとか、たくさん」
「生まれが生まれだから、マスコミからの注目には慣れてるけど、銀行を巻き込むのは面倒だな。あ、芹花からの書き込みはないのか?」
 
顔を覗き込まれ、芹花は「そんなのあるわけない」と言って、どうにもたまらずうつむいた。
湯気が上がる鍋をチラリと見れば、鶏肉がおいしそうに揺れている。

「ちょうど、鶏が食べごろです。まずは食べましょう」
 
平静を装った声でそう言って、芹花は再び箸に手を伸ばした。

「……食べごろ? 芹花はいつ何を食べてもおいしいだろ?」
 
悠生は呆れたように息をひとつ吐くと、傍らに置いていたスマホを手に取った。そして、慣れた動きで芹花の肩を抱き寄せた。

「久しぶりに綾子さんに写真を送っておくか」
「写真?」
 
芹花はぐっと抱き寄せられた反動で悠生にしがみついた。
椅子から転げ落ちそうになるのを悠生が体で支えているが、二人の頬は触れ合い、かなり密着している。
悠生は二人の写真を連写で何枚も撮る。

「最近写真が届かないけど芹花と会ってないのかって、昨日綾子さんからメッセージがきたんだ」
「は? 私には何もきてない」
「芹花に言っても、照れて写真を送ってこないだろうってさ。その通りだよな。だからこうして俺が送っておく。目を閉じてるのもかわいいけど、やっぱり大きな目をちゃんと開けてるこれがいいな」
 
芹花の肩を抱いたまま片手でスマホを操作し、あっという間に綾子に送る悠生を、芹花は諦めたように眺めた。