「あ……ありがとう」
芹花を祝う二人から大きな笑顔を向けられて、芹花はそう言って曖昧にほほ笑んだ。
芹花は二人の誤解をどうやって解こうかと悩むが、酔っている二人に何を言っても仕方がないような気がした。
「今日は諦めよう」
椅子の背に体を預ければ、お酒のせいか体がふわりと揺れ、じんわりと疲れを感じる。
ただでさえ忙しい中、突然竜崎楓と会うことになった。
思いもよらない展開に緊張していたのも当然で、こうしてホッと一息つけば疲れていたと実感する。
おまけに楓は悠生の知り合いで、神経質になるのも当然だ。
その後単なる知り合いではなく元恋人だとわかり、あっという間に落ち込んだ。
そうなれば、とことん後ろ向きに考えを巡らせるのはすぐで、悠生が芹花にキスしたことですら楓への未練によるものではないかとまで考えてしまう。
芹花はグラスに残っていたワインを飲み干した。
お酒には強い芹花だが、疲れた体で飲んだせいか軽く回り、楓のことばかりが頭に浮かぶ。
超有名モデルだというのに決して偉ぶることのなく明るい楓の性格はとても魅力的で同性ながら惹かれた。
芹花や橋口にも気軽に話しかけ、有名人だという壁などまるでなかった。
けれど、楓の撮影が再開し、帰る間際にその様子をチラリと見れば、モデルとしての顔でカメラの前に立つその姿は近寄りがたいオーラに包まれていた。
モデルという職業に誇りを持ち、真摯に取り組む楓はとても美しく、悠生が好きになったのもよくわかった。
芹花が太刀打ちできる相手ではなく、悠生が未練を残していても当然だと思えるほど素敵な女性。
もともと同じ土俵に上がることも無理な相手なのだ。
とことん嫌いなタイプだったら気にすることもなかったかもしれないが。
「人の心はそれほど単純じゃない。それどころか……」
「おい」
突然、橋口が芹花の顔を覗き込んだ。
「わっ。どうしたの?」
驚いて目を見開いた芹花に、橋口が芹花のカバンを指さした。
「スマホ、鳴ってるんじゃないのか?」
「え、あ、ホントだ。ありがとう」
芹花は慌てて手に取ったスマホの画面を確認した。
「え、悠生さん」
ちょうど悠生と楓との関係に心を揺らしていた芹花は、思わず大きな声を上げた。
その声に、三井と橋口が興味津々といった視線を向けた。
「あ、何でもありません、けど。あの、ちょっと話してきますね」
何でもないとでもいうようにそっけなくそう言って、芹花は席を立った。

