三井は橋口の背中をポンと叩くと、水が入ったグラスを橋口の前に置いた。

「天羽さんにだって、事情があるんだよな。相手が木島グループの御曹司となればそうそう簡単に名前を口にすることもできないだろうし。俺は、今までなにも言わすにいた天羽さんの意思の強さに驚いた」
「それも違うんです、私と木島さんはですね」
 
誤解されたままでは大変だと芹花は焦るが、三井は目の前に出した手で彼女を制す。

「何も言わなくていいから。というか、言えないよな。二年ほど前に悠生君のお兄さんが結婚してからは、御曹司との結婚に憧れる女性からの注目は悠生君とうちの慧太に集中してるし、マスコミからも追いかけられてるし。言えなくても仕方ない。御曹司なんて、それほど楽しい立場じゃないのにな」
 
三井はそう言って、芹花に大きく頷いた。息子の慧太もイケメン弁護士として女性から注目され、マスコミに追いかけられることも多い。
息子の慧太と同じような立場にいる悠生の立場を、三井はよくわかっているのだ。

「大変だろうけど、彼の悪い噂は聞いたことがないから、いい付き合いが続けばいいな。だけど、天羽さんはご両親からお預かりしている大切な娘さんだ。何かあれば力になるからひとりで悩まずに言うんだよ。なんせ職場には弁護士がわんさかいるんだから」

まるで父親のような力強い声でそう言って、三井はワインをもう一本追加した。

「とにかく、天羽さんのイラスト集の発売も近いし、前祝いだ。予約もかなり入っていて、発売前に重版が決まるかもしれないって聞いてるし、竜崎楓の顔写真入りオビコメントだ。大ヒット間違いなし。もう一度乾杯しよう」
 
三井が三人のグラスにワインを注ぐと、嬉しそうにそれを掲げた。
そのあまりの楽しそうな様子に気圧され、芹花と橋口も急いでグラスを手に取った。

「とにかく、御曹司との恋愛って想像つかないけど、恋人がいるのは幸せなことだから、良かったよ」
 
芹花から何も聞いていないことに拗ねていた橋口も、機嫌を直したのかにっこりと笑う。